八月も半ば過ぎて

 今回もカオスな献立でお送りします.

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プロアクティブ

 この時期になると戦争という出来事について、小生のような小童でも、私なりに感慨を抱く.戦争というのは無論、第二次世界大戦ないしは太平洋戦争のことだ.これに関連して、私は岩波書店から出された「思考のフロンティア」シリーズにおける高橋哲哉氏の「歴史/修正主義」を何度も興味深く読んだ.同じシリーズからは岡真理氏による「記憶/物語」がある.こちらもブログで紹介するくらい良い読書体験をした.絶版だがおすすめである.ちなみにどちらも妻の所有物で、私が勝手に拝借して読んでいるような状況にある.とは言っても互いに蔵書を好き勝手読み合うような互恵的関係である.

 八月になると、六日から順に広島・長崎の平和記念公園で県知事の演説、県を代表する生徒の演説、そして総理大臣の演説が報道される.十五日になれば、日本武道館で総理大臣と天皇、衆・参議院議長ならびに最高裁判所長官の式辞が述べられる.その中で特に、総理大臣の発言は殊更注目される.斯くの如き一連の流れが毎年毎年繰り返されるように私は理解している.もちろん六月の沖縄での出来事も忘れてはならない.

 多少なりとも、自国の首長がどのような発言をするかは私でも気にするし、表立って口にしなくとも、これまで気にしてきた.式辞の原稿を裏方が用意するにせよ、発言には発言者の意図が見え隠れする.歴代の総理大臣がいかなる内容をもって式辞を述べるか、ということは彼らがどのような歴史認識をしているのか、という理解の助けになると思う.十分条件として彼らが一定の歴史認識を持っていることが前提になるが…… 上記の書籍は、このような時節のお約束事となっている事象に思いを巡らすうえで価値あるものであると信じている.

 確か首相は演説で戦争を二度と繰り返さない、積極的平和主義を行う、ような趣旨を述べたように思う.彼が何を喋って何を言わなかったかについては報道の通りである.積極的平和主義というのは前の総理大臣から用いられている用語らしいが、私には語義がはっきりわからない.戦争を二度と繰り返さない、というのは誰もが願う望みとして自明だとしても、積極的平和とはなんぞや.英語では「Proactive Contributor to Peace」と言わせるようだ.「プロアクティブ」なんてニキビ用洗顔剤の商品名でしか聞いたことがなかった.

 外務省から今年の七月に公表されている「日本の安全保障政策」という資料によれば、積極的平和主義とは国際協調主義に基づく考え方のようで、「現在の世界では、どの国も一国で自らの平和と安全を維持することができない」前提に立っているらしい.ふーん.これに関連する通常国会質問主意書への回答をパラパラ見てみたが、当時の内閣総理大臣の回答は「積極的平和主義とは国際協調主義に基づく考え方である」とほとんど同じであった.このもやっとする感覚は真夏の猛暑と湿気によく似ている.皮脂で汗ばんだ私の顔は「プロアクティブ」なる洗顔剤でゴシゴシ洗ってスッキリさせられるやもしれぬが、スッキリしない疑問は以下の如く尽きない.How can be a peace contributed by such proactive attitude ?

 

 私達が過去の戦争を前にして「戦争責任」を認め、「深い反省」に立つのは、決して私達が子々孫々の末代まで「戦争犯罪」を甘受することではなくて、完全に逆に、現存在たる私がかつての国家との連続性を断ち切ることによって他者の、他国の信頼を回復・獲得してゆく積極的positiveな行為だからである.私達が日本人として引き継ぐのはあくまで法的・政治的連続体としての日本人であり、かつて戦争に加担した人々の罪性を私達があたかも生物学的に継承しているような考えは誤解である、と上述の著者、高橋哲哉は綴る.

 高橋は次のようにも述べている.私達が過去の事象を前にして抱く感情(恥や罪責)自体が問題になるのではない.そうした感情をどのように具体的に戦後責任として為してゆくかが重要なのだ、と.小生も密かに、そして強くそのように思う.もし私が異国の友人に戦争責任について議論するのであれば同じことを言うだろう.その営為の過程で「記憶の継承」はこの先も民間でも政治的次元でも要求され続ける.「記憶の義務;devoir de mémoire」は過去の凄惨な歴史から教訓を引き出し、新たな過ちを繰り返さないために要請される未来志向的意味を含む.この作業は基本的に終わりなき作業である.それだけ過去の事象は忘れがたい暴力性を秘めているのだと染み染み思う.

 

 

新しい地平へ

.مرحبا! صباح الخير أو صباح النور. أنا طبيب نفسي ياباني

 ここのところ、アラビア語の勉強が深みを増してきた.やっぱり語学の勉強は気持ちが良い.動詞を勉強しだすと、一気に扱う表現の幅が広がった感じがして少し気分が高揚する.大げさに言うと新しい世界が広がる感じである.最近の日本のとある大臣の答弁を使うと、新たな「地平」が開けた気持ちである(これはもともとは哲学の用語だと思う).

 私の知る言語(日本語、英語、わずかに仏語)だと、動詞を学ぶ時は現在形を覚えることから始まると思う.しかし、アラビア語は完了形(過去形)から覚え始めると良いと知った.なぜかと問われると、私の知る答えとして、辞書に載っている動詞の基本形が完了形だからである.それも三人称男性単数の形である.つまり、「彼は〜しました」の形が基本形になり、性別や人称によって形を変えることになる.

 例えば、

كَتَبَ(kataba)

は「書く」の動詞の基本形である.これが辞書に載っている形だが、これは「彼は書いた;he wrote」の意味である.もちろんアラビア語は右から読む.katabaと読む.

もし「彼女が書いた;she wrote」になると、

كَتَبَتْ(katabat)

となる.katabatと読む.「私が書いた;I wrote」にするならば、

كَتَبْتُ(katabtu)

とする.katabtuとなる.ここではアルファベットでKTBに相当する子音كتبが語根(単語の基礎となるもの)とされ、子音にa i u の母音をつけたり、つけないことで区別する.わかりやすい例えをあげると、我々はふりがなをつけなくてもBBQはBarbequeのことだとわかるし、AKB48・NMB48という女性ユニット(?)もAkiba(秋葉原)やNamba(難波)だと察すると思う.アラビア語もおそらく似たような調子なのだと思う.これ以上うまい例えが見つからぬ.

 例で挙げた、كتبの文字の上に「^」や「。」がついているのは初学者向けの発音記号(シャクル)で、現地の人々はもちろん記号をつけずに読めるし理解できるらしい.マジですごいなぁと思う.きっと私達が漢字にルビを振らなくても読めるようなものだろうか.多分、このまま頑張れば読めるようになるのは漢字の読みより容易いはず.「東海林」と書いて「しょうじ」と読むのはズルいし、「蕎麦」を「そば」とは知っていないと読めない.私が日本語を外国語として学ぶ立場であれば、おそらく匙を投げるはずだ.「去年」は「きょねん」、「来年」は「らいねん」と読む.「今年」は「こんねん」じゃねーのかよ!!あーもうめちゃくちゃだヨ!ニポンゴおかしいヨ!

 気を取り直して、さきほどのكتبに別の文字を加えることで、語根を元にした別の単語が生まれる.例をあげると、

مكتب(maktab)

は「事務所」や「机」を表すようになる.他にも、

كتاب(kitāb)

とすると、「本」になるし、「作家」を表すのであれば、

كاتب(kātib)

となる.つまり、語根になんやかんや付け足せば、いろんな語が作れるわけだ.便利ねぇ〜!

 正直に言って、このような言語があるというのは驚き、というかよくできているなぁと思い、感動している.28文字に補助記号を組み合わせて意思疎通がはかれるのは便利だ.もちろんアルファベットもひらがなも漢字も良くできた仕組みだなぁと思っているが、アラビア語は語の性別と数を一致させるので、韻を踏む文章となり、とてもリズミカルである.ヒップホップとの親和性が高そうである.そもそも、礼拝の時に流れるクルアーンの句がすでに音楽的である.まるでお経のように抑揚がついていて、聴き応えがある.かつて私がイスタンブールを旅行した時は、大音量で流れるアザーン(礼拝)の音声が全く煩わしくなく、かえって神妙な心地がしたものだ.これがきっと異国情緒というものだろう.

 神妙な心地がしたとしても、決して私はイスラム教徒になるつもりは更々無いし、どう考えても滅茶苦茶旨いあの豚骨ラーメンやサムギョプサルを諦めるわけがない.エスカロップもカツ丼も豚キムチも捨てがたい.もし宗教に関心を寄せたとしてもそれはイスラム教という宗教の論理性に興味を示すのであって、神性だとか、ムハンマドおじさんの神秘的体験を崇めるつもりはない.私は外国人の前では仏教徒بوذيということにしている.仏教では特段超越した存在を想定しなくていいのが宗教臭くなくていい.イスラム世界では下手に無神論者と言うよりもその方が都合が良いらしい.これを便乗仏教という.

 私の「おべんきょうがすすみました」報告は以上である.趣味の範疇ではあるがさらに精進を進めて、以前触れた私の目標に達することができれば嬉しい.もちろん、臨床も哲学も健康増進も抜かりなく.

求道者たち

 アフガニスタンでの政治的動向が注目されている.日本の報道で「タリバン」と称されている集団の幹部が大統領府にぞろぞろ入って、密になりつつ記者会見に応じている様子を動画サイトで観た.私の印象をいえば全員ヒゲモジャのオッサンのせいか、なんだかむさ苦しいのと、何人か銃を携帯しているために不穏な空気が漂っていたように思う.

 政治に関する話はさておいて、おそらく我々の多くが微塵も気にしないであろう、想定しうる誤解を解いておきたい.私は新しい知識を、嬉々として(時にドヤ顔で)誰かに伝えんとする少年少女と同じ次元にいる.もしかすれば以下の内容は知る人にとっては全くの古臭い情報である.つまり香味の抜けた酒と大差はない.しかしそんな酒でも酔うことはできる.

 アフガニスタンはパシュトゥーン人やタジク人、ウズベク人などで構成される多民族国家であり、彼らは主にインド・ヨーロッパ語族に属するパシュトー語やダリー語を話す.隣国のイランで話されるペルシア語やパキスタンでのウルドゥー語に似ているらしい.ちなみにインド・ヨーロッパ語族は英語も含まれる.これらは親戚関係にあるということだ.彼らは(宗教的内容を除いて)アラビア語を話さないのである(アラビア語はアフロ・アジア語族である).ただアラビア文字とアラビア語を借用して表記しているだけだ.アラビア文字にいくつか文字を加えて独自性を出しているに過ぎない.彼らの信奉する宗教がアラビア語を基礎とするイスラム教であるせいで人々を混乱させているのだろう.

 アラビア語を勉強して少しわかったことをいえば「タリバン」よりも「ターリバーン」の方が近い.我々が「タリバン」と縮めていうのは英米の報道機関が「Taliban」と短く発音することに起因しているようと思う.ぶっちゃけ「タリバン」の方が言いやすいのはわかる.彼らの表記を示すと「طالبان」で「Ṭālibān」とラテン文字で当てる.どうやらパシュトー語で「学生」の複数形を指すようだ.ところがどっこい、この言葉はアラビア語の借用である.「求める」「注文する」という動詞の基本形は先に述べたように、アラビア語で、

طلب(ṭalaba)

という.Ṭ, L, Bに相当する三つの語根から成り立っている.これを人称化したものが男性単数の場合、

طالب(ṭālib)

と表記する.一応TとṬは発音が異なるので分けて表記していることを断っておく.これが一般的に「学生」と訳されるのだが、「真実を求める者」故に「学生」と訳されるわけだ.さらに格好良く言ってしまえば「求道者」である.へぇ〜、なんかいい感じじゃん.こういうのを若い世代で「エモい」とか「厨二臭い」というのかな.

 さて、時折「神学生」という訳を見かけるが、個人的には意訳か迷訳もしくは妙訳という気がする.神学生というと若干のキリスト教風味がするのは私だけか.このṬālib(ターリブ)を複数形で表記すると、

طُلاّب(ṭulaab)

と、比較的大きく化ける.「テュラアブ」と「ターリバーン」では全く表記も発音も異なるのは一目瞭然だろう.パシュトー語の名詞の複数形がどのように変化するのかは全く検討がつかないが、アラビア語ではほとんどの名詞が不規則な変化をするらしい.これが初学者に煙たがられる所以の一つである.おそらく日本語よりは遥かにマシだ.とりあえずはパシュトゥーン人なりに発音と用法が最適化された結果が「ターリバーン」なのだろうと推測する.

最後に

 今後彼らがどのような政治的決断をしてゆくかはほどほどに注視しておくとして、願わくはこれ以上、爆風で埃と血飛沫が舞い、人々が阿鼻叫喚する様を映像で観たくない.最近は不幸なニュースが多すぎる.幾多もの王朝や文明の交差した山岳地帯の要衝アフガニスタンとして、卓越した文化や価値観の交じる賑やかな風景が、報道で再び映し出されることを私は心から祈念している.

ありがとうございました.

 

 

 

Essay on my state of mind

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1. Summer greeting

What a scorching hot and humid summer we are in Japan! We cannot survive without air-conditioned room these days, or we may die from severe heat stroke. In this summer, the following passages reminds me of unforgettable chorus by cicadas’;

Our journey from Penang to Singapore began at night. We were carried in darkness through the invisible forest. The noise of the insects among the trees was like an escape of steam. It pierced the roaring of the train as needle might pierce the butter. I had thought man pre-eminent at least in the art of noise-making. But a thousand equatorial cicadas could shout down a steel works; and with reinforcements they would be a match for machine-guns.

Aldous Huxley, Jesting Pilate, 1926

 ペナンからシンガポールへの僕らの旅は夜に始まった.僕らは暗闇の中、姿の見えない森を抜けて運ばれたのだ.木々の間の虫の喧騒はまるで蒸気の発散のようだった.汽車の咆哮がいともたやすくバターを突き刺すように僕らの耳をつんざいた.人類は少なくとも騒がしくすることに於いてずば抜けていると僕は思っていた.しかし、幾千もの赤道セミは鋼鉄の音をかき消したのだった.機関銃をもって等しいくらいに.

オルダス・ハクスリー、ピラトはふざけて、1926年

I am sincerely wishing that everyone stays in good shape, and all of us get through this unprecedented disaster of pandemic.

2. Settlement

As I drove across the prefectural border on the highway for some private reasons a few weeks ago, I felt a nauseous sentiment that I had sensed so long time ago, which equivalently annoyed me when I suffered from clinical depression since two years ago. The ache that I felt was just like my heart locked up by unseen power, that is commonly known as psychological stress. The damage I took from familial issues that concerned my marriage with my partner, and my career as a psychiatrist had collapsed due to the major depression that is still hard for me to approve. The place I passed by was the closest highway interchange from where I was born and brought up. I remember the uneasiness bore in my mind every time I saw the traffic sign which indicated that my birthplace was very close. And as I went far from the city, I realised that I felt better, which was an unexpected phenomena.

 先日、私的な理由で高速道路の県境を走っていると、かつて私が抱いていた悪心のようなものを感じたのでした.それは私が二年前にかかったうつ病の時と同じような不快感でした.心理的ストレスとして知られる、恰も見えない力によって、心に鍵がかかったような苦痛が私に生じたのです.私が受けた配偶者に関する家族的な諸問題からの傷や、うつ病のために精神科医としてのキャリアが閉ざされたことは未だに受け入れがたいことです.私が通り過ぎたところというのは、私が生育した場所に最も近い高速のICでして、私は標識がその場所を指し示すたびに不愉快な気持ちが芽生えたことを覚えています.そして街を通り過ぎると気持ちが楽になったことに気づいたのですが、これは予想外の現象でした.

I wondered, if the psychological stressor can be attributed to my “two years ago” matters, does this mean that my mental problem should not be diagnosed as depression, but an adaptive disorder? According to DSM-V classification, the basis of the diagnosis is the presence of a precipitating stressor and a clinical evaluation of the possibility of symptom resolution on removal of the stressor. Hmm……

 もし、心理学的なストレス因子が私の「二年前」のことに起因するのであれば、これは私の心理的問題がうつ病ではなくて、適応障碍なのではないかとふと思ったのです.DSM-Vの分類によれば、診断の基本は、気分を害するストレス因子が存在し、ストレス因子が除かれることによって症状の解消がみられる可能性の臨床的評価をすることとあります.ふむふむ.

Fortunately, now I am rather happy living with my wife, and able to go for work as a “headshrinker”. And I believe that I am good enough to maintain family finances so far. Objectively, I think I behave as a healthy person except for the truth that I am still being prescribed minor tranquilliser. However, I must say that I am not a man that I used to be. I cannot be healthier than anymore, there has been a feeling of disquiet in my mind since I got mentally ill.

 幸いにも今、私は割と幸せに妻と生活できていて、さらに精神科医として勤務できています.私は今のところ、家計を回すこともできている方だと思っています.傍から見れば、未だに抗うつ薬を処方されている事実を除いて私は元気に見えるでしょう.しかしながら私はかつての私とはやはり違うのです.これ以上元気になることもないでしょうし、私が病気になってからはずっと不穏な空気が心の中に留まっているのです.

Why would I have to be bothered with such a disgusting feeling for a long time? This is quite a troublesome psychological dynamics that I honestly don’t want to admit. But I have to keep soldier on.

 どうして私はこんなに長く忌々しい感情に悩まされなければならないのでしょうか.こいつは大変厄介な心理学的力動というもので、正直言って認めたくないものです.しかし前に進まなければならないのですね.

As a medical profession, I do not judge by myself, but I think I am getting better than before. In other words, the mental state may be in remission. Chances are that I will plan on having a few more practical licenses for my career, if the condition gets better than before. The other day, my doctor in charge and wife cheered me up with words that “You look better. But don’t be hurry-scurry, take it easy.” Much appreciated.

 医師として私は自分を診断するということはしませんが、おそらく私の体調は以前よりも良くなっているようです.換言すればこれは寛解なのかもしれません.一応機会があればキャリアに向けてより実用的な資格を取ることも検討しています.もしこのまま調子が良ければの話ですが.そういえば先日、主治医や妻が「いい感じじゃないですか、でも焦らず、気楽に」と言ってくれたのです.感謝ですね.

After all, I think that the rightness whether I have been in adaptive disorder or major depression, is quite a difficult issue to define them. Moreover, It is because so intimate the relation between weakened adaptiveness and mood disorder that the two can scarcely be thought apart. But if we take the DSM-V classification in consideration, the length of being affected by mental disorder, which had led me to severe disfunction of thought and emotion, it is rather better to say that I have been in depression disorder. This may be evident to all readers by browsing my past articles, the flows of my thought seems a bit awkward and illogical. I owe you an apology.

 結局、私が適応障碍なのかうつ病なのか、どちらが正しいのかという疑問は実に定義し難い難しい問題なのでしょう.さらに言うと、両者の関係はあまりにも密接であるからして、脆弱化した適応性と気分障碍の間は切り離して考えることが殆どできないのです.しかしながら、もしDSM-Vの分類を斟酌すれば、つまり精神障碍の罹病期間が私に与えた深刻な思考と感情の機能不全によって、むしろ私はうつ病にあると言えそうです.これは読者の皆さんにとっては過去の記事を見直すと明確かもしれません.思路がややぎこちなくて論理性を欠いているようでして.申し訳ないと思います.

In the end, I am neither angry nor upset myself for what I felt in the motorway, I must tell that I was just keen to describe the fact that occurred to my mind. Yet it was indescribable event for me to note in my native language, foreign language(English) helped me tidy up my thoughts instead. Thanks to this work of writing, probably I may be gradually reaching a settlement with my self-conflict.

 終いに、私は高速道路での体験について怒りや苛立ちを表明しているわけではなく、私は単に自分の中に生じた事象を描写したいという一心だったのです.しかし日本語では名状しがたい出来事には違いなく、その代わりに外国語が私の思考を整理する助けになりました.書くという作業のおかげでおそらくは私は次第に自分の心と折り合いを付けつつあるのかもしれません.

Thanks for reading.

ありがとうございました.

質的飛躍

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  セーレン・キルケゴールによる「不安の概念」という著作は不安についての分析を試みたものである.これまで二回ほど彼の著書について取り上げたが、そもそも取り上げた理由は、間接的なものではあるものの臨床で生じた様々な疑問からであった.それらは過去の記事のリンクから御覧いただいて参照して欲しい.一つは、不安の現代の語義に関する話題、もう一つは、罪を「創世記」の伝承から読み解こうとした先人の紹介と、「不安とは自由のめまいである」というキルケゴールの文句を引いた.それに若干の解説を加えたものと記憶している.

 さて、「いかにして罪というものが措定されたか」「不安との関係はいかなるものか」という内容で次の記事を書くことを目標としたが、「不安の概念」の第一章、第二章の理解がとても難しく、殊更にキルケゴールの用語である「質的飛躍」を理解しないことには「堕罪」もひいては「不安」も理解できないことに気づいた.私は時間があるときに何度も何度も頁を往復した.進んでは戻り、進んでは戻り…… どうやら予定変更となりそうだ.

とある漫画から「質的飛躍」を考えてみる

 「ジョジョの奇妙な冒険」第四部、「ダイヤモンドは砕けない: Diamond is Unbreakable」という作品に出てくる広瀬康一小林玉美のやりとりが、罪の「質的飛躍;det qualitative Spring」を理解するのに良いのではないかと私はずっと考えていた.今回はその話をしようと思っている.この小話は物語の核心に迫るものではないのでネタバレはない.安心いただきたい.「ふーん、この筆者はジョジョが好きなんだ」という理解は半分誤解である.そうではなくて、たまたまグレートな例えがジョジョしか思いつかなかっただけだ.作品はまぁまぁ好きだが実際、第五部「黄金の風: Vento Aureo」までしか知らないのだ.そう断っておかないと、本物の通人に失礼だ.

 作品の大筋は以下のようなもので、大河小説(Roman-fleuve)に近い.第四部は宮城県仙台市のとある町をモデルとした架空の町(杜王町)で繰り広げられる、シリアルキラー(連続殺人犯)との戦いを描く.ところで「ジョジョの奇妙な冒険」をご存知ない方に一応、公式の紹介を載せておく.1980−1990年代の週刊漫画の黄金期を築いた作品の一つである.

代々血統が受け継がれ、主人公が交代していく物語

「『ジョジョ』って第何部だとか、主人公が何人もいたりだとか、複雑そう。コミックスも100冊くらい出てるし、タイトルが違うのもあるし、どこから読んでいいかわからない」という方は多いかもしれません。

1987年に週刊少年ジャンプで連載を開始した『ジョジョの奇妙な冒険』は、第1部の主人公ジョナサン・ジョースターと、敵対するディオ・ブランドーとの因縁から始まる物語。その戦いはジョナサンの代だけでは決着せず、その子孫たちも巻き込んで100年以上続きます。主人公や舞台が交代していくのはそういう理由なのです。

JOJO Portal site -ジョジョとは- より

 その作品を語る上で欠かせなくなる概念に「スタンド」がある(「電気スタンド」のスタンドと同じ抑揚である).「スタンド」とは「パワーを持った像」であり、持ち主の傍に出現してさまざまな超常的能力を発揮し、他人を攻撃したり持ち主を守ったりする守護霊のような存在と説明される.人や動物を模したり、飛行機や拳銃、ボディスーツのように持ち主と一体となるものだけでなく、粘体のように姿かたちを自在に変えるものもある.容姿と能力は持ち主固有のものであり、一つとして同じものはない.そして一人一体である.複数はない.基本的に第三部からこの「スタンド」能力で登場人物は戦うことになる.彼らを「スタンド使い」という.第四部も「スタンド」能力の戦いは引き継がれる.

 物語を構成する重要な性質として「スタンド使い」は引かれ合う.多分虫プロダクションに漫画家が自然と集まってくるのと似ている.よって誰かがいれば自然と能力者が集まる.能力者の信念・信条の衝突が能力を駆使した戦いとして表現される.ちなみに「ジョジョの奇妙な冒険」は異能力バトルの先駆けらしい.何を異能力とするのかは定義し難いが.

広瀬康一の災難

 *ここで嬉しい誤算があった.これから説明しようとしていた「罪の質的飛躍」を理解するのに都合の良い場面が、AmazonのKindle版でちょうど試し読みの対象となっている!読者の皆さんが私の茶番に真摯につきあってくれると信じて、以下にリンクを貼っておく.もちろん、私なりに文章に起こして、丁寧、丁寧、丁寧に描写を試みた.とはいってもSeeing is believingであるからぜひ試し読みページをご覧になっていただきたい.

 私と集英社とAmazonに利益相反はありません.下記に示すイラストは模写であり、作者及び集英社の著作権を侵す意図がないことを明記いたします.

 杜王町に住む高校生、広瀬康一は(スタンド能力を発現させるまでは)純粋でごく平凡な少年であった.そんな彼が新品の自転車にまたがり道を走っていると、急に何かが詰まった袋が路面にあることに気づく.広瀬康一は急ブレーキをかけるが間に合わず、袋を轢いてしまう.袋からは真っ赤な液体が滲み、中からはかすかに「ニャァニャァ」と弱った猫が力なく鳴いているような音が聞こえる.

 広瀬は「猫を轢いてしまった」と直観してしまう.轢くことを意図しなかったにせよ.やがて猫の鳴き声は消えてしまう.

 するとどこからか、チンピラのような男が現れる.彼は小林玉美という二十歳の青年で、どうやら強請り屋(他人を脅して無理やり金品を巻き上げる人)として杜王町にいる.彼は広瀬が行った一連の行為を目撃したと証言し、広瀬を動揺させる.そして「声が聞こえなくなったのだから猫は死んだ.おれの猫が」と付け加え、広瀬を追い詰める.広瀬は自分が轢いた猫がこのチンピラの飼い猫だと聞き、困惑する(飼い主ならば猫を袋に入れて道端に放置するなど考えられないのに).

 「おいおい!フザけてんじゃあねーぞ! 君はたしかに悪くない」

 「だがおれのネコ殺しといて無料(タダ)で行っちまうのかよ!カワイイ顔してよーっ」

 「カワイソーなネコをひき殺したのはニイチャン!おまえだ…」

模写1.漫画の一コマから.
当ブログの趣旨は作品と無関係であり、あくまで当ブログの記事内容が主、引用する作品のコマの模写はそれに従属するという認識で掲載しています.

 (実は)小林玉美は「スタンド使い」であった.その能力は「対象に生じた罪悪感に対応して、相手に『錠前』をつけて心の重圧を与える」ものであった.彼はスタンド能力が発現してからか、自身の能力を使って、言葉巧みに強請りをしていたようである.そんなことを知らない広瀬は袋に入った猫を轢いた罪の意識から、小林のスタンド能力「ザ・ロック」の術中に嵌ってしまう.

模写2.心の錠前が出現する.
当ブログの趣旨は作品と無関係であり、あくまで当ブログの記事内容が主、引用する作品のコマの模写はそれに従属するという認識で掲載しています.

  これが質的飛躍である、と私は考えている.「ザ・ロック」は「罪」が生じた瞬間に錠前として顕現するのである.錠前はこの作品でいう「罪」の表象である.「創世記」におけるアダムの堕罪、すなわち人類が無責から責を負う存在になったことこそが、「質的飛躍」なのであろう.ここでは罪の大小を問うているのではない.罪があるのか、ないのかが問題となっている.キルケゴールはおそらくそれを創世記の伝承から考えたに違いない.

 同様にして広瀬康一は無責から責を負う立場へと一転した.よって彼の心には「錠前」の形で「不安」が現れたともいえよう.なお作中では錠前は「不安」とは明言されていないが、「人によっては自責の念で死んでしまうこともある心理的重圧」と記載がある.前回の記事で「不安とは人間存在の構造を根本から揺るがすもの」と述べた.とすれば、「堕罪」が存在することが「不安」なのであるという理解は、「不安の概念」にある以下の文章とも合致するように思う.

・個体における原罪の結果、言い換えると個々人のなかに原罪が現存すること、それが不安なのである.

・罪は〈最初は〉不安のなかへ入り込んできた.が、こんどもまた罪は、不安を〈道連れ〉にたずさえてきたのである.

「不安の概念」第二章:原罪の結果としての不安、1844年、村上恭一訳

 広瀬はこれまで真面目に素行の良い少年として生きてきた.にも関わらず、突如「猫を自転車で轢く」という罪に等しい行為をしてしまったと感じたが故に、その行為が自身の人生の根本を脅かすものだと直観し「不安」となる.また、彼は袋を轢く瞬間、「これからどのようになるのかわからない」という根源的な「不安」を持っていたともいえる(結果的に猫を轢き殺すことになるが、ただの袋を轢いただけに過ぎない結果もあったかもしれない).そして袋を轢いて、中に猫が入っていたと直観したとき、彼の中に罪が芽生える(罪が措定される).要するに「罪」と「不安」は表裏一体なのだとキルケゴールは考えたのではないか.どうだろうか.

 

次回は

 さて、広瀬康一がこの難局をどのようにして切り抜けたかは、作品の醍醐味であるのでここでは述べないでおく.続きが気になった方は漫画を買うか、アニメをご覧になると良い.

 ここまでで私は広瀬康一の「罪」とアダムの「罪」が同列のような言い方をしているが、これはその通りで、本質的には同じだということである.罪が存在するようになる「質的飛躍」において、その「罪の程度=罪性」は「量的」でしかない.それはキルケゴールと同時代の神学者フリードリヒ・シュライエルマッハー先輩の言わんとする「原罪論:罪の普遍性の根拠」に基づいている.先にネタバレをしておくと、キルケゴールの考えでは「おれがアダムで、アダムがおれで」もしくは「全人類アダム(イヴ)説」のような感じである.

 「てめぇはまだわけわかんねぇことを書くつもりか」

と怒られそうなので、今回はここまでとしておこう.「おれがアダムで、アダムがおれで」とは何のことかについては次回の記事で説明を試みたい.できれば、過去三回の記事の総括を一度行い、それから三章、四章、五章の説明へと順を追って行きたいと思っている.

 ここまでありがとうございました.