アダムの不安

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伝承

 こんな話が知られているらしい.

 主なる神は人であるアダムを創造し、助け手となる女性をも造った.アダムは女性をイヴと名付けた.二人はエデンという園で暮らしていたそうな.以下はその続きである.


一. さて主なる神が造られた野の⽣き物のうちで、蛇が最も狡猾であった.蛇は⼥に⾔った、「園にあるどの⽊からも取って⾷べるなと、本当に神が⾔われたのですか、マジですか」
二.⼥は蛇に⾔った、「そうなんです.私たちは園の⽊の実を⾷べることは許されていますが、
三. ただ園の中央にある⽊の実については、これを取って⾷べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は⾔われました」
四.蛇は⼥に⾔った、「へぇ〜.そうなんですね.でもあなたがたは決して死ぬことはないでしょう.
五.それを⾷べると、あなたがたの⽬が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」
六.⼥がその⽊を⾒ると、それは⾷べるに良く、⽬には美しく、賢く、インスタ映えには好ましいと思われたから、その実を取って⾷べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も⾷べた.
七.すると、二人の⽬が開け、⾃分たちがスッポンポンであることがわかったので、無花果の葉をつづり合わせて、腰に巻いた.これがはっぱ隊の起源である.
八.彼らは、⽇の涼しい⾵の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる⾳を聞いた.そこで、⼈とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の⽊の間に⾝を隠した.
九.主なる神は⼈に呼びかけて⾔われた、「あなたはどこにいるのかな」
十. 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる⾳を聞き、私はスッポンポンだったので、恐れて⾝を隠したのです」
一一. 神は⾔われた、「あなたがスッポンポンであるのを、誰が知らせたのか.⾷べるなと、命じておいた⽊から、あなたは取って⾷べちゃったのか」
一二. ⼈は答えた、「私と⼀緒にしてくださったあの⼥が、⽊から取ってくれたので、私は⾷べちゃいました」
一三.そこで主なる神は⼥に⾔われた、「ありゃりゃ~.あなたは、なんということをしたのです」⼥は答えた、「蛇が私をだましたのです.それで私は⾷べました、だから私は悪くないです」
一四. 主なる神は蛇に⾔われた、「おまえは、この事をしたので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最も呪われる.おまえは腹で這い歩き、⼀⽣、塵を⾷べるであろう.
一五.私は恨みをおく、お前と⼥との間に、お前のすえと⼥のすえとの間に.彼はお前のかしらを砕き、お前は彼の踵を砕くであろう」(蛇は塵以外にも色々食べるゾ)
一六. 次に⼥に⾔われた、「私はあなたの産みの苦しみを⼤いに増す.あなたは苦しんで⼦を産む.それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろう」
一七. 更に⼈に⾔われた、「あなたが妻の⾔葉を聞いて、⾷べるなと、私が命じた⽊から取って⾷べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは⼀⽣、苦しんで地から⾷物を取る.
一八.地はあなたのために、茨と薊とを⽣じ、あなたは野の草を⾷べるであろう.
一九.あなたは顔に汗してパンを⾷べ、ついに⼟に帰る、あなたは⼟から取られたのだから.あなたは、塵だから、塵に帰る」
廿.さて、⼈はその妻の名をイヴと名づけた.彼⼥がすべて⽣きた者の⺟だからである.
二一. 主なる神は⼈とその妻とのために⽪の着物を造って、彼らに着せられた.
二二.主なる神は⾔われた、「⾒よ、⼈は我々の一人のようになり、善悪を知るものとなった。彼は⼿を伸べ、命の⽊からも取って⾷べ、永久に⽣きるかも知れない」
二三.そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、⼈が造られたその⼟を耕させられた.
二四.神は⼈を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎の剣とを置いて、命の⽊の道を守らせられた.

創世記 第三章、日本聖書協会より 1955年 一部改変

 これは旧約聖書の「創世記」の一部を抜粋したものになる.クルアーンにも同じことが書いてある.色々と突っ込みたいところはある.こんな話をどこかで見聞きした人もいるのではないだろうか.私もどこかで知ったような気がするが、忘れてしまった.私は聖書教会から出ている訳文を見るのは初めてである.なぜこんな神話を冒頭に載せたのかというと、どうやらこの伝承、様々な人々が古くから興味を持って論じるテーマ「原罪Original Sin」だからである.特に「『食うな』と神から言われた果実を、蛇に唆されて食ったイヴとアダムが楽園から追い出された」という堕罪の話が哲学者や神学者の関心を惹きつけてきた.特に有名なのは、元ユダヤ教徒で改宗した使徒パウロ兄貴、アウグスティヌスという北アフリカ出身の元マニ教徒のおっさん、そしてカルタゴ出身の教父、テルトゥリアヌスくん、ブリテン島出身の神学者であるペラギウスおじさん.時は進んで、ギリシア正教会やカトリック教会、プロテスタント教会の懲りない面々.キルケゴールはそういった人々の神学上の主張を紹介する.

 パウロ、アウグスティヌスと続く原罪論は「アダムの堕罪によって、人間は普遍的な罪性をもつ」という解釈に基づいている.普遍性の根拠に、アダム以降の子孫は性交によって罪が遺伝・連鎖するという一部生物学的な考えが混ざっている.プロテスタントはパウロやアウグスティヌスの考えを概ね踏襲しているようである.(プロテスタントにも諸派があり教理が厳密には異なることを断っておく)以下、著名人の文献を紹介する.

 ひとりの人(アダム)によって、罪がこの世に入り、また罪によって死が入ってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類に入り込んだのである.

「ローマ信徒への手紙」パウロ

 教父アウグスティヌスによる原罪の中心は以下にある.

 神は全く善い人間を創った.ところが人間(アダム)は、自らの責めによって堕落し、それに対して神によって厳しく罰せられて、堕落した.そして罰せられた子孫を産んだ.

「神の国」アウグスティヌス、五世紀ごろ

 ルターやカルヴァンらに代表されるプロテスタントの教義でも原罪を次のように解釈している.

 アダムの堕罪以降、生まれる人間は全て罪のうちに孕まれ、生まれる.すなわち、全ての人間は、その母親の胎内にいたときから、悪しき欲望と傾向に満ちており、神への真の畏れと真の信仰を生まれながらに持つことはできないのである.さらにこの生まれつきの原罪は、真に罪であり、洗礼と聖霊によって生まれ変わることのない全ての人に対して、神の永遠の怒りを宣告する.

「アウクスブルク信仰告白」1530年

 私はキリスト教徒ではない.よって教義の深奥まで理解することはできないだろうが、生まれた時から「お前は罪深い存在だゾ」と決まってしまっているのは、どうも解せない感じがする.ちなみにペラギウスおじさんは原罪を否定し、人間の自由意志を尊重する立場を取り、神の恩寵は必要ないという説を唱えた人物であった.そこで教父アウグスティヌスと論争となり、418年カルタゴ会議で「異端でしょ」と排斥された.さらに431年エフェソス公会議でも「やっぱり異端でしょ」と退けられたようである.惨め.ペラギウスは謎の失踪を遂げる.

 だがやはり、この普遍的な罪性、というものには陥穽があるようだ.もし全ての人類が生まれながらにして罪深いのであるのなら、個々人の罪は無いだろうと考える.

俺が生まれつきワルだっていうのなら、今から俺が無銭飲食しても構わねーよな?ぶっ殺しても罪は変わらねぇんだよな?立ち小便してもいいんだよな?プールの中でおしっこしてもいいんだよな?そういうことだろ?

という変な輩が出てしまう.これでは倫理が壊れる.さらに、恩寵に対する個々人の主体的努力も不要、個々の努力を励行するものが否定されてしまう.「悪いことしてないのに、罪深いのなら頑張る気なくすわぁ」

 よって神学者らは原罪における罪の普遍性と個人性をいかに両立させるか、に相当苦心したようである.そしてもう一つの問題は、原罪とは人間の本性なのだろうか、という疑問でもある.もし罪を創造したのが神であれば、人間の責任性は回避されてしまう.「おれのせいじゃないゾ!『神は全く善い人間を創った』ってアウグスティヌスが言ってたゾ!罪が『善い』わけがないゾ」

 罪が本性に付随するもの、プラグインや拡張パーツのようなものとして付着するのであれば、罪の根源性はなくなってしまうし、ナザレの大工の息子(キリスト)が十字架を担いで丘まで登って、磔にされて、槍で突かれて死んだことが無駄になってしまう.「グエーッ、無駄死にしたンゴ」

 こうした課題を先に述べておくとして、次に「不安」について述べることとする.

不安というめまい

 前置きが長くなった.今回の記事は前回の続きである.キルケゴールの「不安の概念」における重要なテーマ「原罪」を扱いつつ、「不安」を考えていく.父親から異常なほど厳格にキリスト教を叩き込まれたキルケゴールは、度重なる家族の死に対して、「恐ろしい憂愁の重圧」のもと、「不安」を抱えるようになっていったと述懐している.彼の著作にも緒論でこのように記されている.「不安」を理解するには「罪」の理解が必要であると考えたようである.キルケゴールが罪性をどのように考えているかも気になるところである.

 本書の課題とするところは、原罪についての教義をたえず念頭におき(in mente)、かつ眼前に彷彿とさせながら、「不安」の概念を心理学的に取り扱うことにある.それはたとえ口に出さなくとも、「罪」の概念を問題にしないわけにはいかない.

「不安の概念」緒論 1844年 村上恭一訳

 アダムとその伴侶イヴは善悪を知る木の実を食べることを神によって禁じられていたが、蛇に唆されて神意に背き、エデンの園を追放される羽目になったらしい.トホホ〜.キルケゴールは「なぜアダム(とイヴ)は神意に背いたのか」と考える.堕罪に至る以前のアダムは、無垢であり無知であったはずだと.そもそもアダムは神意を理解するほど知恵があったわけではない.故に無垢で無知なアダムが責ある者に転落する(罪を犯す)ことになるとは、どういうことだろうか.(以下イヴの存在は省略する)

 キルケゴールは次のように考える.「不安」が無垢なアダムの心を捉えたのではないか、アダムは「不安」になったのではないか、と.「善悪を知る木から木の実を取って食べてはならない」という神からの言葉をアダムは無知故に理解することができなかった.この時点でアダムは善悪を知らない.神による禁止がアダムを不安がらせた.禁断がアダムの内なる自由を目覚めさせた、とキルケゴールは考えたようである.「神は『取って食うな』というが、よくわかんねぇけど取ろうと思えば取って食えるじゃないか」という自由の可能性をアダムに示唆したのだろう.不安は自由でもある.人間は精神であり、精神の本質は自由である.自由とは可能性である.

 「不安の概念」第二章でキルケゴールは「不安は、例えて言えば『めまい』のようなものである」と述べている.この言葉はよく引かれる一節として有名である.次に続く.「仮にある人がふと自分の眼で大口を開いた深淵を覗き込んだとすると、その人はめまいを覚えるであろう.ところで、その原因はいったいどこにあるだろうか.それは深淵にもあるといえるし、また当人の眼のうちにあるともいえる.というのも、彼が深淵を凝視することさえしなかったら、めまいを起こすことはなかったろうからである.これと同じようなわけで、不安は自由のめまいなのである」

 めまい、という言葉を医学的に考えず、眼がクラクラして尻込みするような、倒れそうになることだと考えると良い.底が見えないほど深い崖っぷちを覗き込むと誰でも足がすくむはずである.この視点から無限の底までの空間的距離こそが不安であり、かつ自由なのであるとキルケゴールは言っている.不安は自由と紙一重でもあるということだと.

不安と恐怖

 故に不安は恐怖とは異なる.恐怖には対象があるが、不安は対象を欠く.「あのさぁ……崖っぷちを見下ろしたら怖いに決まってるやん!恐怖やん!」とお叱りを受けるかもしれない.一見正しいようではあるが、落ち着いていただきたい.深淵というのは、無限遠の暗黒である.視線の先には対象は定まっていない.人が深淵を見て恐怖を抱くとすれば、「深淵に落ちてしまったら」、「底まで落ちて身体を打って、大怪我をしたら、死んでしまったら」ということだろう.この世の中に深淵と似たような深い裂け目があるにはあるだろうが、経験できる人はおそらく真夜中のダムの巡回をする人や、夜の登頂をする大胆な登山家、停電になったスーパーカミオカンデの点検をする人、鍾乳洞や洞窟のツアーガイド、観光地化されていない遺跡や史跡の調査にあたる学者や土木工事の業者くらいしか思いつかない.他にも「暗闇を覗き込む」に近い状況は存在するが、要するに、現実には「底がある」のである.ということは対象が存在する.それらは水底であったり、針山であったり、コンクリート床であったりする.これ以上想像はしたくないが.

 恐怖とは、ある対象に怯えることである.そして不安には恐怖する対象を欠く.では「対象なき恐怖」という言い方が適当かと言えば、そうではないとキルケゴールは言う.対象がなくなれば恐怖という心理現象は消失する.人が不安になるのは「何もないこと=虚無(Nihil)」に対してでしかない.次の例えを挙げれば、ある程度皆さんも得心してくださるのではないだろうか.

 精神疾患の中に「恐怖症」がある.「広場恐怖」「視線恐怖」「不潔恐怖」「対人恐怖」「色目恐怖」といったものがある.実際に私達の生活に息づく恐怖である.これらは文字通り恐怖の対象があるが「不安」の諸現象について言うと、「予期不安」、「全般性不安障碍」というものがある.こちらは対象が限定されておらず、未確定の事象である.何も対象が定まっていないからこそ不安になる.こうした名称は不安と恐怖を区別する際に明瞭になると思うし、精神医学もやはり(*途中までは)哲学の系譜を歩んでいるような安心した気持ちになる.私達は何の支えもない中途半端な状態にあること自体に不安を覚える.換言すると、人間存在の構造が何の支えもなく揺るがされていることが、不安の原因である、とも言える.

*「おいおい、『社交不安障碍』があるだろう」というご指摘に対して私なりの弁明をしておくと、「社交不安障碍」はもともと「社会恐怖」という名称であったようである.DSM-IV以降にPhobia(恐怖症)からAnxiety Disorder(不安障碍)に変わってしまった.残念ながらこのあたりの歴史的変遷は私にはよくわからない.不安や恐怖の腑分けができていないように思えるのは私だけではないと思うが……どうなのだろう.ところどころ精神医学にはこうした脆さがあるように思う.神経生理学的な立場での不安と恐怖の位置づけも全く異なる.ただ、名称は変わってもその疾患概念は変わっていないらしい.簡単に考えれば「社会的場面に対して恐怖する」現象といえる.実存主義に基づく考え方であれば、従来の「恐怖」の方が適切のように思う.とはいっても私はこれ以上ゴニョゴニョ言うつもりもない.ゴニョゴニョ.

  ここまで、キルケゴールによる「不安」の説明を創世記の伝承を交えて試みた.罪について過去の神学者の立場を紹介し、罪性をどのように取り扱うかという学者らの懸念に触れた.続いて話題を変えて、アダムが禁断の果実を口にしたのは「アダムが無知故に不安だったからではないか」という彼の考えを提示した.さらに「不安とは自由のめまいのようなものである」という彼の比喩を紹介し、恐怖との違いを述べた.以上を紹介するのに6000字を超えてしまったので、続きは後日投稿したいと思っている.次回の主題は「いかにして罪というものが措定されたか、不安との関係はいかなるものか」といったものになりそうである.

 読んでくださりありがとうございました.

 

投稿者:

吾郎

2020年6月にブログ開設.生き延びるための様々な問題を精神病理学に基づいて取り扱っています!ぜひぜひ気軽に遊びに来て下さいね.Our articles include essay, translation, study about literature, psychiatry(psychopathology), humanities.