ありがと茄子

Seikei Zusetsu vol. 26, page 027

 茄子の美味しい季節だ.私は茄子が好物で、特に油を吸ったクタクタの果肉が口の中でほろほろと崩れていく優しい口当たりが気に入っている.紫色の光沢も油でツヤツヤ輝きを増し、仕込みの段階で格子状に切れ目を入れた箇所からキラキラと光りが溢れる.

 とは言いつつも自分で茄子料理を作るはあまり得意ではなくて、結構失敗が多かった.油と相性がいいことを知っている以外、無知な自分はひたすら油攻めをしてしまった.これが俗に言うアブラカタブラというやつである.部分的に加熱しすぎて色素が変性した惨めな茄子と対峙することが多かったのだ.

 茄子料理の敷居を下げてくれたのはやはり動画サイトのおかげである.茄子の止事無き紫肌を汚さずに加熱して柔らかい果肉を作り出すのには様々な料理人・通人の知恵を頂いた.このご時世で外食へ行きづらくなった人々にとって、自炊の機会がより増えた分、料理動画は料理のコツを簡単に知ることのできる恩寵のように思う.配食サービスという手段は浸透してきたが自炊も負けていない.一方、外食産業は本当に気の毒だ.

 最近、自宅で超絶美味い麻婆茄子が完成したことで私は幸福を感じた.本家料理人には敵わないが、自宅でつくるなら歓迎できるくらいのトゥルリなお茄子ができた.しっかり炒めた炸醤の風味と融合し鼻孔に麻辣の薫風が駆ける.見た目も艶やかである.しっかりと茄子を両面加熱することが重要だと、気づくのに時間こそかかったが得るものは多い.

 他にも茄子の煮浸しを作ったが、これまた格別に美味い代物であった.自分でいうのも何だが、勲章ものである.生姜と刻み葱の香りにくたっとしたお茄子の甘塩っぱい醤油味が清涼感を感じさせる.

 ところで茄子というのはインド原産らしい.日本には中国を経由して八世紀にはお茄子が伝来している.西洋には十三世紀くらいに到達したようだ.茄子を英語で言うと、aubergine(ˈəʊbəʒiːn)だが、これはフランス語のaubergeとは関係なくて、サンスクリットのvātiṃgaṇa、ペルシア語のbādingān、アラビア語のal-bāḏinjān(الباذِنْجان‬)(なぜかここで定冠詞がついている)、カタルーニャ語の(alberginia)が転訛したもののようだ.augergineとして成立したのは十八世紀末のようで、Oxford Dictionary of Englishによれば上記の歴史的変遷がある.発音がその地域によって最適化された感じがどことなくする.これがアメリカ大陸に渡って、eggplant(米)になるのは驚きではある.これがいわゆる米茄子ですか?紫だけでなく白い茄子もあるから現地の人は「卵みてぇな野菜があるんだってな!ほんならeppplantだな!」というノリで名付けたとしても悪くはない.悪くはないのだが…… aubergineはどこへ行ったのかしら.大西洋に消えたのかもしれない.

 一円札おじさんの二宮尊徳(TAKANORI)は夏に採れた茄子を食べて「なんかこれぇ秋茄子の味がするぅ!!やばぴ!寒さに強い稗を蒔こぅ」と言い、その年の不作を予見したというが、私には夏茄子と秋茄子の違いがわからぬ.どうやら夏茄子は水気が多く、秋茄子は旨味や甘みが詰まっているという.いやはや私にはわからぬ.かつては茄子は小さくても珍重された食材で、特に初茄子はお殿様にも献上されたとか.そんな茄子を詠んだ歌もいくつかあるので一つだけ引いてみよう.

 扇から 扇にとるや 初茄子

小林一茶

 あまりにも貴重で恐れ多いので扇から扇で渡そうとするくらい有難がられた、とか.これが今ではふっくらした肉質で安定した価格で供給されているのだから日々美味しい野菜を作る農家さんには大感謝である.ありがと茄子!

 今度は茄子天をやろうかなぁ.暑い季節が続きますがお元気でお過ごしください.今日は揚げ茄子みたいにゆるふわな記事になりました.いつも硬派な記事書いてるからね、しょうがないね.

 

 

 

投稿者:

吾郎

2020年6月にブログ開設.生き延びるための様々な問題を精神病理学に基づいて取り扱っています!ぜひぜひ気軽に遊びに来て下さいね.Our articles include essay, translation, study about literature, psychiatry(psychopathology), humanities.