原罪について

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前回のあらすじ

 過去三回連載した「不安の概念」に関する記事で、私は主に第一章、第二章の説明を試みた.簡単にまとめると次のような具合になる.

 ・キルケゴールは不安の構造をキリスト教の「原罪」と自身の人生体験から理解しようとした.

 ・原罪論とは、「人類が普遍的に罪を負っている」という説明に根拠を与えるもので、創世記の伝承、アダムの堕罪に基づいている.ただ教義によって解釈が異なる.

 ・不安とは「自由のめまい」であると例えられる.不安とは、人間存在の構造が何の支えもなく揺るがされていることである.不安と恐怖は前者が対象を欠く点で大きく異なる.

 ・罪と不安は表裏一体である.無責の状態から有責の状態へと質的な変化(質的飛躍)が生じるときに不安が生じる.

 これから話す内容はアダムは人類であり、アダムは個人でもある、というキルケゴールの主張を理解する試みになる.「おれがあいつであいつがおれで」という児童文学を思い出す内容である.

 アダムの罪を説明することは原罪を説明することである.そして、アダムを説明しようとするが原罪をしようとはしない説明、あるいは原罪を説明しようとするがアダムを説明しようとしない説明は何も役にも立たないのである.このことは、全人類は個人に、個人は全人類に与るというようにして、人間は個人であり、そしてそのようなものとして自己自身であると同時に全人類でもあるということが、人間の実存における本質的規定のうちに深く根ざしているように思われる.

「不安の概念」第一章、「原罪の前提としての不安」

 「人間は個人である.そしてそのようなものとして自己自身であるとともに全人類でもあるということ、これは人間の実存にとって本質的なものであると思う」という上記を噛み砕いた文章を考えてみる.

 アダムは蛇に唆されたイヴの誘いで禁断の実を食べてしまった.美味しかったのかどうかは兎も角、「(創造主は)食べてはいけないと言われたが、食べようと思えば食べられるではないか」という自由の気づきのもとでアダムは果実を口にする.その自由とは、「食べてしまったらどうなるのだろう、死ぬとはどういうことだろう」という不安に転じる.そして、その不安は堕罪へと至るわけであるが、この罪は、創造主への無自覚な反逆とも理解できるかもしれない.創造主が作り出したアダムとイヴは全く善い人間であったはずだが、全く善いからこそ、無垢であり、無知であった.無知で、自由である故に堕罪したのであった.

 ここで伝統的教義学(ルターやアウグスティヌスの教義)と異なるのは、アダムは「禁断の果実を食べてみたい」と思ったわけではない、ということである.詳しく言えば「欲情」が生じたわけではない.「食ってはいけない」という神の禁止に対して、「禁止されたことをしてみたい」と思ったのではないのである.

「食べてしまったらどうなるのだろう、死ぬとはどういうことだろう?」

 伝統的教義学によると、アダムが堕罪したときに「欲情Concupiscentia」(生来の悪の傾性)が生まれたとする.しかし、アダムが創造されたとき、そもそも彼は無知ではなかったか.そんな彼が欲情などするだろうか.禁止されたことをしてみたい、という悪があるだろうか、とキルケゴールは考える.アダムとイヴは全く善い人間であったのだ.この堕罪の瞬間における解釈が伝統的教義学とキルケゴールで異なるのであり、「食ってはならぬ」という禁止がアダムの中に罪を生み出した過程には「欲情」ではなく、「不安」という力動が内在していたのであるという彼の論理には敬服するほかない.アダムは悪気なく罪を犯したのである.

 さらに伝承にもあるように、知恵の実を口にしてからは二人はスッポンポンであることを羞恥する.互いに木の葉で外性器を隠すキルケゴールも「堕罪によって性が措定された」と述べている.もし二人が欲情するのであれば、それは堕罪した後の話であろう.

 かくして、アダムが堕罪し、楽園を追放されてからは二人は交わる.するとカイン、アベル、セトが生まれ、セトの子孫がノアとなり、ノアの息子のセムの子孫のテラの息子がアブラハムとなり、その息子がイサク、五作、田吾作、与作……と続くわけである.アウグスティヌスから始まる伝統的教義では、原罪はアダムから上のような繁殖によってその後の人類に伝わるとし、それ故に個人は生まれながらにして罪の中にあると考えた.ルターなどプロテスタント派も、罪の原因を生来人が持つ悪の傾性によって説明しようとしている.だがこれは罪の普遍性を説明するにすぎない.我々にはもともと悪の傾性があるという言い分も納得できそうにない.

 伝統的教義学とキルケゴールの考えは次の点でも異なる.伝統的にはアダムは人類を罪に堕とした張本人かつ原因であるが、アダム以後(与作など)の個人の罪は、人類が堕罪した結果として生じるものとして解釈される.つまり、アダムとそれ以降の人間を区別してしまっている.しかし、そうではない.これでは原罪論が個人の罪性と人類の普遍的罪性両方を説明しようとする試みに反してしまう.もう一度キルケゴールの文章を思い起こしていただく.

 アダムの罪を説明することは原罪を説明することである.そして、アダムを説明しようとするが原罪をしようとはしない説明、あるいは原罪を説明しようとするがアダムを説明しようとしない説明は何も役にも立たないのである.このことは、全人類は個人に、個人は全人類に与るというようにして、人間は個人であり、そしてそのようなものとして自己自身であると同時に全人類でもあるということが、人間の実存における本質的規定のうちに深く根ざしているように思われる.

 現代に生きる我々なら理解は容易いだろうが、奇しくも私とあなたのゲノム情報は極めて類似している.どんなにあなたが嫌がったとしても.私と他の70億の人間のゲノム情報も酷似している.ボブ・マーリーもポール・マッカトニーもルーサー・ヴァンドロスもホイットニー・ヒューストンも非常によく似ている.これは我々がホモ・サピエンス・サピエンスというヒト亜族の一つであることで理解される.もとを辿ればかならずご先祖がいる.ご先祖の先祖をさらにさらに遡れば、我々はいつか生物学的「アダム」に到達する.誰でも人類の連続性がある.

 たかだか10万年程度ではゲノム情報は大きく変わらぬ.あなたとあなたの隣人の遺伝情報は99.9%以上一致しているらしい.チンパンジーでさえあなたとも1−2%程度しか変わらないのだ.故にアダムと現代の私たちの生物学的特質もさほど変わらないし、生得的な能力はほぼほぼ変わらないと見ていいだろう.生物学的な視点で、私とアダムは本質的に同じである.これは70億個ある均一な大きさのビー玉から一つ取り出すのと同じだ.セミの死骸に群れるアリを一瞥して、各々の差異に気づくことはできないように、ガルガンチュアのように巨視的な目線で見ると私たちとアダムはなんら変わりはないのだ.

 連載の最初で私は次のように触れたことを思い出す.

「これ(創世記)はもちろん神話なのであるが、多くの人が挙ってこの神話を取り上げるのは、宗教的な意義だけでなく、ある種、アダムを人類のプロトタイプとして考えたときの思考実験として捉えると興味深いからかもしれない」

 アダムもその後の人類も同じ人間である.よって本来同じ性質である両者を区別することは誤りである.前者を特別扱いしたり、例外扱いすることは議論をおかしくする、とキルケゴールは指摘する.アダムは最初の人間であり、彼は自己自身であるとともに人類である.アダムは人類の範型、典型なのだ.アダムの罪は人類の全体が堕罪した原因ではなくて、むしろ同じ人類である個々人がどのようにして堕罪するかを示す例示「Design study&Prototype」である.アダムが質的飛躍によって堕落したように、我々人類は質的に堕落している.その質的堕落とは、私達は無知ないし無垢な状態において不安の萌芽から自身の行為によって堕罪することなのである.我々は生まれつき罪の中にいるのではない.罪を犯す素質=罪性(ポテンシャル)を秘めているのである.そのポテンシャルが世代を経て伝わっていく、という意味で我々は普遍性を持つ.

 アダムが無知かつ自由故に堕罪したように、私たち人類も自らの無垢と無知で自由な行為によって罪を犯すのだと.よって罪の責任をどこに求めるべきか、それは個々人なのだ、ということは明らかになってくるように思う.

 今回の記事は以上である.私はずうっとずうっと原罪論について考えてきたが、ようやくキルケゴール兄貴が考えていたことに一定の理解を示せそうである.アダムは人類のプロトタイプである、という仮説は存外悪くない考えであったように思うが、それが自分の中で納得できるまでに大変な時間がかかった.そしてその考えを記事にして世間にお示しするにも時間がかかってしまった.牽強付会のように思われたら残念だが、私なりに錆びついた灰色の脳細胞を駆使して考えたのである.

 さて、「貴方こんなことを考えて一体なにになるの」とか「あんた暇だね」、「そんなこと考えているならもっと実学を勉強しなさい」とかいろんなお褒めの言葉が来るだろうと予想するが、私に言わせればこのような思索は臨床実践において極めて必要である.実際とても役に立っている.当たり前だが、精神医学は哲学ではない.だから精神病理学も哲学ではない.哲学ではないが、哲学の方法論を使わないことには理解できないだろうと思う.外科医にとっての手術室と同じように、私にとって哲学は精神病理を理解する思考の力場であり、外科医にとってメスが道具であるように、心理学は精神療法を実践するための道具である.ともすれば薬理学はある種飛び道具であろうか.

 不安は誰にでもある心的動きである.これがどのような機構で生じるのか、について一定の把握をしておくことは決して悪いことではない.生理学的なアプローチに基づくGABAの機能失調等の仮説も十分理解しておくべきだろう.だからと言って抗不安薬を矢鱈ぶち込めばいいかと言えば決してそうではない!!私はキルケゴールの考えを盲信するつもりはないが、「人間存在の構造が何の支えもなく揺るがされていることが、不安の原因である」という箴言には大変な共感を覚えるし、これを念頭にして面接に望めば不思議とクライエントのむつかしい言辞にも心を沿わせることはできそうなのだ.

いつもありがとうございます.

 余談ですが、当ホームページの用語集、頑張って増やしています.特に心理学関係の用語を充実させていますのでよかったらお立ち寄りください.

 

 

 

On Melancholy Hill

 気分障碍の歴史

Melancholia, Lucas Cranach der Ältere

 前の記事で、私は「うつ」がよくわからない、と述べた.自身の勉強のためにも、様々な書物を平積みにして少しずつ調べることにした.結果、わからないところも新たに増えた一方で、非常に興味深く理解をすることができたように思う.とはいいつつ今回お話するのは、かなり表層的なところになるので難しくはない.病理の話はそんなにしない.

 うつ、抑うつ(Depression)とは、内因性疾患としてのうつ病と、状態像ないし、症候群としての抑うつ状態の両方を指す.「ぼくはなんだか憂鬱なんです」、というのは状態像であり、「あの症例は『うつ』だと考えられます」は疾患を指す.ややこしいのは名詞と補語が混在しているからだろう.以下は弘文堂の「精神症候学:第二版」からの部分引用になる.この書籍は8200円する大変高価な書籍だが、その値打ち以上の価値がある.ありとあらゆる精神現象が解説されている.今っぽくいうと、マジでやばい.濱田秀伯という学者が著した本だが、西丸四方の「精神医学入門」並の意義がある.この二冊は傑出している.西丸四方の本には貴重な写真が掲載されている、というのも見事である.読み物としても面白い.

 まず日本語での「うつ」について触れてみると、「うつ」という言葉はそもそも「鬱蒼とした密林」の「鬱」であり、これは香草をぎゅうぎゅうに容器に入れて発酵させた、という会意文字らしい.キビヤックのような閉塞感は感じられるが、どちらかといえば、「憂鬱」の「憂」が本質を当てているように思う.角川古語辞典を参照すると、「憂ふ(うれふ)」には、①嘆き悲しみを人に訴える;「からい目を見さぶらいひて.誰にかは憂へ申し侍らむ」(枕草子)(ひどい目にあいまして.どなたに訴え申し上げましょうか)②心を悩ます.思いわずらう;「期する所なきものは、憂へながら止まり居り」(方丈記)「将来に望みのないものは、思い煩いながらとどまっている」③病気で苦しむ.わずらう;「昔は身の病を憂へき、今は人の病を癒やしぬ」(今昔物語)「昔は自身の病気で苦しんだ.今は人の病気を治している」というものがある.これ以上の資料が手元にないが、少なくとも十二世紀までには「憂ふ」という言葉が完成し広まっていたと考えていいだろう.それ以前がどうなっていたかはわからないが、中国医学に由来する用語があっただろうし、それなりの学識があったに違いない.余談だが、紀元前200年頃の文献「黄帝内経」の癲狂篇にはうつ状態、躁状態と思われる症状記載があるという.

 さて、内因うつ病は誘引のない生物学的発症をし、精神運動制止が強く、体重減少や早朝覚醒、症状の日内変動を伴うという.精神病性うつ病もこれと同義だが、幻覚・妄想、錯乱を伴う重症例に用いることがあると思う.アメリカ精神医学会の編纂したDSM-3以降では内因性うつ病を大うつ病(Major depressive disorder)と呼んでいる.では小うつ病があるかといえば、ない.いい加減である.軽度うつ病(Mild Depression)という言い方はあるようだが、なんだかタバコの銘柄みたいだ.中国ではうつ病を抑郁症、台湾では憂鬱症というらしい.

 内因性うつ病にうつ病相のみを繰り返す単極うつ病、躁のみあるいは躁うつ二つの病相を併せ持つ、双極うつ病・双極感情障碍という区別をしたのは、レオンハルトという人物が初めてで、それは1959年のことだという.以来、アングスト、ペリスらが多数例の調査から単極性・双極性の区別を確立した.双極うつ病を、躁病相を伴うⅠ型と軽躁を伴うII型に区分する見方は、ダナーの1970年の発表以来であり、後者はDSM-4以降、双極II型障碍として独立項となった.1983年発表のアキスカルという人の概念からは双極II型障碍、気分変調症、気分循環症などを連続体(スペクトラム)と見ることもある.さて、たくさんの人名が出てきて「これはブラウザバックだなァ」と辟易する人がいるかもしれないが全く気にしなくていい.音楽好きが「カート・コバーンが……、キース・リチャードが……、ポール・マッカトニーが……」と言うのと同じ次元にある.

 キールホルツは1971年の発表で、うつ病を身体因、心因、内因の三つに分け、内因を身体因と心因の間に位置づけたが、一般的にはこれを基準にして考えることが多いようだ.つまり、脳卒中のあとに抑うつをきたした場合は身体因を考えるし、軍隊に入って、厳しい教練を機に抑うつをきたせば心因を考える.ではそれ以外何も思い当たらない、いやはやわからないぞ、という場合に内因性を考える、という具合だ.すごく曖昧だから気にしなくていい.日本では1975年に発表された病前性格、発病状況、病像、治療への反応、経過を踏まえた六型に分けた、笠原・木村分類が知られている.これは、みすず書房の「うつ病臨床のエッセンス」に詳しい.良い本だ.参考までに分類をあげておくと、メランコリー性格型うつ病、循環型うつ病、葛藤反応型うつ病、偽循環病型分裂病、悲哀反応、その他にわかれる.ちなみに現在では積極的に用いられていない.メランコリー新和型が生き残っているくらいか.ではメランコリーとはなんであろうか、ということになる.

Melancholia I, Albrecht Dürer

 メランコリー(Melancholie)は抑うつ、うつ病の別名、というのが歴史的経緯を加味して考えると妥当だろう.古代ギリシアのmelancholia、μελαγχολίαから来ている.これは黒胆汁(black bile)のことであり、黒胆汁が鬱滞して症状が起こる、という体液説に基づいている.心配と悲しみの続く患者は黒い胆汁を「ぐぉお’’え’’ぇ~~~!!」と吐いたらしく、そういう人は黒胆汁ともたらす思考と感情の病気にあると考えられた(それどころではないはず).現代の認識で言うと、正常な胆汁の色は黄褐色である.ビリルビン結石ならば真っ黒な色だが、口から出ることは無い.そして胆汁の異常な色は緑や混濁したものになる.今の時代に黒いものを吐いた人がいた場合は、イカスミパスタを食べ過ぎたため…ではなくて、凝固した血液成分が混ざったものを吐いた可能性が考えられるから、医療機関への相談がよさそうだ.

 黒い色、というのは胆汁だけではなく、気分そのものを表象するようになった.おフランスでメランコリーという言葉が用いられたのは十二世紀らしいが、憂鬱をさす表現に、idees noires, broyer du noir, ドイツではSchwarz sehen, イタリアではvedere tutto neroなどがある.青も憂鬱を代表する色で「マリッジブルー」「マタニティブルー」「ブルーマンデー」はよく知られているし、音楽ジャンルの「Blues」はまさに憂いを歌っている.そしてメランコリー(Melancholie)と青い花であるオダマキ(Ancolie)の語呂合わせは詩の定番であったようだ.邦楽のポップスでも「メランコリニスタ」という曲があるし、冒頭の歌詞は「メランコリニスタ 静かなハイで眠れない」という絶妙なセンスである.

 メランコリーという言葉は次第に多義性を帯びる.悲しみだけでなく、あらゆる情熱の過剰と同義語となり、この延長としてピネルという医師の文脈では、一徹な考えに支配された部分精神病を意味し、クレペリンのいうメランコリーは、退行期うつ病の別名となり、コタール症候群や緊張病に発展する妄想性障碍の一種を示した.ややこしいのは有名なフロイトおじさんが、喪失体験の悲哀・憂いをメランコリーと呼んでいることだ.これはややこしい.なぜややこしいのかといえば、シュナイダーというおっさんによる区別のためだ.シュナイダーというのは統合失調症における一級症状というのを提案した人で有名である.メランコリーというのはこれまで述べたテクストでいう内因性のうつに相当する言葉で、原因不明なのに気持ちが晴れ晴れしない状態をいう.一方、1917年にフロイトが行ったのは、愛や依存を喪失する体験に伴う感情をメランコリーと呼んだことであった.気にしないで次へ進もう.

 では現代ではメランコリーはどのように扱うのか.多義性を帯びつつある現代のメランコリーは定義が難しいので、DSM-5の診断基準にも記載(メランコリアの特徴を伴う)がある「メランコリー親和型」を述べておこう.

 テレンバッハ(1961)や下田(1932)という人らは「うつ」になりやすい性格、とうのがあるのではないかと考えた人で、こういう人らは力動的にうつ病になると論じ、執着性性格、メランコリー型(Typus Melancholicus)という気質を挙げた.凝り性、苦労性、律儀、実直な人、秩序志向で良心的な性格が代表的で、この傾向が破綻する主体環境事情即ち状況におかれると、うつ病に至ると考えたのであった.先程述べた笠原・木村分類に出てきたメランコリー性格型うつ病は、下田・テレンバッハの文脈を踏襲している.これは結構説得的で、いまでも一般に流布するうつ病のイメージ像に近いように思う.テレンバッハの指摘したのは、こうした人は「秩序愛」が大きな特徴だ、と述べたことであった.背後には「他者との円満な関係の維持」が中核にあり、その具体的表現は、人と争わない、人と衝突しそうになるときは自分が引く、いやといえない、義理人情、慣習、挨拶を大切にする、などである.彼らは発病以前はなんら内的葛藤を経験しておらず、場合によっては過剰適応といえるくらいの「いい子ちゃん」であるという.仕事などには精力的で凝り性なエネルギーは、発病時には臨床像的には軽躁的、躁的に見えるくらいになる(躁的防衛).発病状況に関してまとめると、転勤・昇進・転職、結婚、転居、負傷、負担の増加、出産、愛するもの・財産の喪失が挙げられるそうで、多くは多重的に起こるという.一般のうつ病は一つの理由で起こるのではないことがわかる.あなたの周りにこのような人はいませんか.

 他方、「マニー」という言葉がある.Moneyのことではなくて、Manie, Maniaのことである.日本でも、何かに熱中して造詣が深いことを「マニア」というだろう.今ではオタクという言い方をするのかな.オタクもだいぶ民主化してきたように思う.「マニアックな言い方をすると……」という言い方も耳にするかもしれない.これは厳密には躁病の病相のことをいう.気分高揚と意欲増進を主徴とする状態像で、観念奔逸、誇大妄想、刺激性、転導性、抑制消失、逸脱行為を伴う.難しい言葉が並ぶがとりあえず保留しておく.マニーという言葉も古代ギリシアに由来するようで、mania, μανιαはヒポクラテス以前から慢性に経過する発熱のない精神の乱れ、隔離を要する激しい興奮状態をさしたらしい.濱田によればフランス語には十四世紀末に登場するが、十七世紀初頭からは乱暴で奇異な行動に導く、理に合わない極端な考えという意味も併せ持つようになったという.

 Areteo di Cappadocia

 さてさて、マニーとメランコリーの関連を考えてみると、どうやら「カッパドキアのアレタイオス」という人まで遡るようだ.彼は紀元後二世紀ごろの人物で、現在のトルコにあるカッパドキアの市民であったらしく、かつてはローマ帝国の属州であった.広くはギリシア人という理解で良いようだ.この人は精神に限らず様々な症状に関する考察を残しており、糖尿病やセリアック病、喘息、てんかん、肝臓悪性腫瘍に対する記述があるようである.すごいね!十七世紀のウィリス、十九世紀のホーンバウムという人は一人の患者に長短さまざまな周期で悲哀と爽快が交代する、という例を報告している.精神医学においてマニーとメランコリーが一つの疾患体系に組み入れられたのは1854年のファルレーという人物の発表が始まりで、循環狂気と名付けられていたが、バイアルジェという人は重複精神病という言い方をした.同時期に、カールバウムというおじさんが気分循環症として同様の病態を記載した.1899年にクレペリンが躁うつ病という概念を確立してからは、この呼名が現在も残っている.病院に残っている古いカルテを見ると、MDIという略語があるが、これはドイツ語でいう躁うつ病、Manisch-Depressives Irreseinの略であり、ドイツ医学の名残が感じられる.とはいっても今どきMDIという人はほとんどいないように思うから知っても仕方がない.断っておくと、現在は双極性障碍という言い方がベターだ.

 この双極性障碍という名称は1980年のDSM-3からで、これまでは統合失調症と双璧をなす精神疾患の一つとしての躁うつ病から変貌を遂げ、感情調整の障碍の症候群として位置づけられた.上述したように、DSM-4では双極性障碍はI型とII型に分けられているが、このII型という分類はかなり曖昧な枠付であり、おそらく医師の間でもII型の診断には議論が生じるであろう.I型とII型がどのように異なるかはここでは触れないでおく.少なくとも積極的に診断を下すような病名ではないと思う.現在はDSM-5が学会、臨床、法学で多く用いられているが、行政の基準はWHOの策定したICD-10である.すでにICD-11というものがバージョンアップして存在しているが、いまだにICD-10なのだ.DSM-5では双極性障碍の分類はI型、II型に分類されているのに対し、古いICD-10では分類されておらず、双極性障碍はひとくくりとなっている.行政の書類と言えば、診断書はもちろん、非自発的入院の届け出、障碍年金や障碍手帳などであるが、臨床の名称と行政での名称が異なるのは大変な不都合である.最後の方は私のただの愚痴だ.

というわけで

 こうして振り返ると実に多くの人が登場し、闊達に学説を唱えてきたように思う.紀元前から中世、近代までは大きく進歩したわけではなかったが、近代からの学問の発達が凄まじいように感じる.特にフランス・ドイツのブーストが著しいが、私のぼんやりとした感想を言えば、哲学や思想の発展が大きく関与していると思う.それだけではなく、合理主義や科学技術の進歩が宗教性・魔術性、体液説を退けたことも大きいだろう.そこで一つ私が気になっているのは、中東世界における精神医学の歩みである.古代ギリシアの学問が中東に輸入され、以来、イスラム世界はそれをユナニ医学(ギリシアの医学)として発展させたようである.確かにイスハーク・イブン・イムラン、アリー・アル・アッバース・アル・マジュスィらがメランコリーの概念をコンスタンティヌス・アフリカヌスを経て西洋に広めた功績は目覚ましいし、イブン・シーナーのような人物は十一世紀に「医学典範」を著し、この医学が十九世紀まで実践されたというのだから、なかなかあっぱれなのであるが、「本当にそんなものなのか??」という疑問が生じてしまっている.つまり、イスラム世界はずっとガレノスの体液説を信じ続けてきた、というのはにわかには信じがたい、というのが私の率直な感想である.彼らには彼らなりのロジックがあったのではないか?今で言う精神病理学があったのではないか、という気がしているのだ.狂気は悪霊ジンが取り憑いているからだ、という説明では私は満足しない.彼らには彼らの知られざる叡智があるのではないかと私は勝手に期待している.私達がアクセスできる文献で知ることができるのは、西欧と我が国の医学史がほとんどで中東やアフリカはかなり少ないように思う.インドのアーユルヴェーダももちろん気になる.だがインド世界は一度保留しておこう.ではどうするのか、と言われれば自分で調べるしかあるまい.まぁ、ひらがなとカタカナと数千文字の漢字の音訓を覚え、複雑な格助詞の使い方をマスターした我々日本人にとって、正則アラビア語はなんとかなりそうだ、という前向きな気持ちで捉えておこう.アラビア文字はたった28文字しかないのだから.まずはコツコツと地固をして、準備をしておくことにする.

 最後に

 最近はうつ病にも様々なタイプが提唱されている.アキスカル、内海らのSoft Bipolor、非定型うつ病(DSM)、現代型うつ病(松浪)、未熟型うつ病(阿部)、職場結合型うつ病(加藤)、ディスチミア新和型うつ病(樽味、神庭)など.様々な知見が増えていき、議論が活発になるのは良い.だがこれだけあるとなんだかよくわからなくなってくる.いや、ぶっちゃけよくわからない.うつ病百花繚乱にもほどがある.

 だが世界に70億人以上人間がいれば、それだけ呈する気分の波も異なって当然だ.性格や気質は人それぞれだ.似た所もあれば、似てないところもある.あなたの体にコードされている遺伝情報、一塩基がほんの少し違うだけで発病しやすさや、抗うつ薬の反応性も予後も異なるであろうことは、現代の医学が教えてくれている.だから、百年前にすでにうつ病になりやすい性格や気質を試論したテレンバッハや下田らは実に見事であるように思う.ともかく皆さんはメランコリーについてなんとなくわかっていただけただろうか.ここまでお疲れ様でした.ありがとうございました.

 

 

 

オパールの輝き

إن شاء إللّه

 ある日、私がいつも通り出勤前にカメたちのいる水槽を訪れて小話をしようと思い、中を覗き込もうとすると、見慣れぬ物体を認めた.白くてツヤツヤしているので、私は「あれ、丸石なんかあったっけな」と訝しんで水面に自分の顔を映した.そこには間抜けな顔をしたおっさんの顔はもとより、ひと仕事終えて疲れた様子の「吾郎ちゃん」と、その時だけはなぜか空気を読んで、吾郎ちゃんに求愛をしていない「三郎(a. k. a. さぶちゃん)」が寄り添っていて、水底にはツヤツヤした美しい卵が転がっていた.吾郎ちゃんはメスで、さぶちゃんはオスだ.

 私はすぐに妻を呼んで、現場確認を求めた.私が確か言ったのは、「卵!ある!ついに!産んだ!」だったと思う.二歳児でも言えるセリフを三十のおっさんが年甲斐もなくはしゃいで、妻とともに吾郎ちゃんが出産を終えた事実を確認し合った.中央に少し橙の帯が入っていて美しい.卵は三つ.どれも均等な大きさで大体3cmくらいだ.

 私は出勤するところであったから、妻に卵の対応をお願いした.帰宅したときには妻はいつも通りうまくやってくれていた.思い返すと産卵前までは、全然食欲がなかったことが気がかりであった.過去に食思不振のために病院へ診察を依頼したことがあったが、その時と少し似ていたように思う.水槽の底を掘り返すような動作を何度も何度も繰り返していて、フィルタの給水ポンプが星の数くらい外れた.吾郎ちゃんは凄まじいパワーを秘めている.六歳くらいの坊っちゃんが舐め腐って指を突っ込めば、たちまちガブリとご挨拶いただくだろう.内出血不可避.鋭い爪は皮膚に食い込んで痛い.私にも容赦しない.でもかわいい.ズドン!バァン!ドン!ダァン!!!と大きな音を立てて、必死に水底を漁ろうとしていたのはおそらく、産卵する場所を探していたのかもしれない.調べてみるとこの時期はクサガメの産卵の時期らしい.どうして吾郎ちゃんはスマホも持っていないのに、暦がわかるのだろうか.本当に頭がいいなぁ、吾郎ちゃんも立派になったなぁと感慨にふけり、自分の生命を削って卵を無事に産んだことを私達は嬉しく思う.いまではバクバクとドイツ製のテトラレプトミンを食べている.私たちが近づくとすぐに察知して食餌をねだるのがとにかく愛おしい.バシャバシャバシャ!!!

 それからと言うものの、みんなで卵の未来が気になっている.カメは単独でも産卵するのである.しかし、我が家にはさぶちゃんというバチェラー?がいる.果たしてさぶちゃんは交尾をしたのだろうか?さぶちゃんが我が家に来た時は、ひどい皮膚疾患のために薬浴をしたり、光線療法をしたり、精神療法や食餌療法を行うなど集学的治療を尽くすほど、万事休すに近い状態であった.今や立派になり、時折脱走を企てて家の壁に飾っているルノワールの「雨傘」の真下で飄々としている.そして水中では事あるごとに、吾郎ちゃんに向かって頭突きを行うのである.頭突きはどうやら愛の行動であるようだ.時折吾郎ちゃんに怒られるが、それでめげるほどさぶちゃんの本能はやわではない.

  晴れの日も雨の日も、仏滅も大安も赤口でも、緊急事態宣言下であっても、さぶちゃんは繰り返し、繰り返し、生殖のために頭突いた.しかし、我々はさぶちゃんが本格的に性交渉に成功したところを目撃できていない.目撃できていないからと言って、成功していないとは限らない.我々が閨で寝静まっている頃、伊邪那岐と伊邪那美がまぐわいを行ったように、生命の営みを成し遂げたかもしれないし、仕事や買い物ででかけている間、昼下がりの情事を行っていたかもしれぬ.とにかくどうであれ、我々はワクワクしている.もし、有精卵なのであれば、二ヶ月ほどで燦々と輝く命の煌めきがふかふかの土から出てくるに違いない.出てこないこともあるだろう.それはそれで致し方ない.どうなるかはすべてان شاء إللّه(if god wills)である.ワクワクできるということは良い.

 最近ワクワクできることはほとんどなかったが、時々このような出来事があると、心の鼓動が高らかに弾む.望外の喜びはなおさら嬉しい.皆さんもなにかワクワクすることが少しでもあればいいと思う.

不確実性へ溶け込め

フロイトの家、ロンドンで

リルケに震える

 オープンダイアローグに関する書籍を読んでいると、「不確実性への耐性」という言葉が出てくる.これはオープンダイアローグのポリフォニーが紡ぐ、対話という「不確実性」に関連している.多人数によって響き合う音色がジャズセッションのように、どのような着地点にたどり着くかは誰にもわからない.何も決まらないのかもしれないし、重要なことが決まるかもしれない.思わぬ言葉が語られるかもしれなければ、期待通りの展開で終わるかもしれぬ.私達は究極的には全関係者の最大幸福を願っているのだけれど、そこでは治療というゴールを急がないし、焦ってはいけない.大事なことはいかに語りを途絶えさせないことかにかかっている.医療者はクライエントの意見を誘導してはいけないし、できるだけ中立であり続けなければならない.こうした不確実性に耐えることができるのは、この治療が安全だと感じられる場合だ.そして安全を感じるための「アリアドネの糸」は対話を続けることなのだ.

 「オープンダイアローグとは何か」の著者・訳者である斎藤環氏は日本にこの方法論を伝えた第一人者であるが、この「不確実性への耐性」という言葉を詩人リルケを引いて表現する.

 あなたはまだ本当にお若い.すべての物語のはじまる以前にいらっしゃるのですから、私はできるだけあなたにお願いしておきたいのです.あなたの心の中の未解決のものすべてに対して忍耐を持たれることを.そうして問い自身を、例えば閉ざされた部屋のように、あるいは非常に未知な言語で書物のように、愛されることを.今すぐ答えを捜さないでください.あなたはまたそれを自ら生きておいでにならないのだから、今与えられることはないのです.すべてを生きるということこそ、しかし大切なのです.今はあなたは問いを生きてください.そうすればあなたは次第に、それと気づくことなく、ある遥かな日に、答えの中に生きて行かれることになりましょう.

リルケ「若き詩人への手紙」、Briefe an einen Jungen Dichter, 1903 高安国世訳

 そう、私達は「すべての物事のはじまる以前にいる」のだ.今すぐ答えを捜すことはせずに、問いを生きろという.まったく正鵠を射た心持ちがする.これはオープンダイアローグに限らず、すべての事象に対して重要な言葉なのではないか.殊更、今の新興感染症の災厄の中においては.

 この文章はリルケからとある若手詩人に向けられたもので、上記は長い長い手紙のほんの一節に過ぎない.彼は一人の人間を念頭に手紙を書いているはずなのに、私だけでなく、多くの人の心を掴んでいるのはなぜだろうか.言葉を超えて、時を超えて感興をかきたてるのは、彼の言葉にある深い洞察と豊穣な感性に依るのだろう.

不安とどう取り合うか

 そもそも、私達が不確実性に対して生来耐性があるのかと考えてみると、それほどなさそうである.この不確実性という言葉は「不安感」に置き換えられるだろう、もちろん不安の感じやすさは個人差があるにせよ、全く不安のない人は絶対にいない.私達は性質上、未来という時制に投企する生き物である.そして医学というのは不安との戦いともいえる.医学は如何に不安と折衝するかに尽きるのではないか.胸が苦しくなるのはどうしてなのだろう、その後どうなるのだろう、この腫れ物はどうなるのだろう、熱はいつになったら下がるのだろう、どうしたら傷が治るのだろう、いつになれば退院できるのだろう.どちらの薬をどのくらいつかえばいいのだろう、血液検査や画像検査で調べても原因が見つからないのに体が震えるのはどうしてなのだろう.最後に、私達はいつ死ぬのだろうか、と.

 科学は不安に対する一つの方策だと言えそうだ.数学や統計学、疫学は世界の公衆衛生の発展に寄与したし、化学、物理学の進歩は言わずとも外科治療や薬理治療、救急医療に貢献したはずである.科学はそうした分野における様々な不安を解消してきた.だが、それで私達の不安は和らいだかと言われると、どうだろう?医療を受ける側も提供する側も不安は尽きないのではないか.これまでの医学において不安をどう理解してきたかを考えてみると、おそらく十九世紀近くまでは、体液病理説に基づく理解が支配的で、不安の解釈も体液(血液、粘液、胆汁、黒胆汁)の不均衡に由来すると考えられたはずで、精神疾患は超自然的な現象のしわざと理解する傾向が多かった.

 二十世紀の重要人物、フロイトの理論をおさらいしてみる.彼によれば、私達は原則、現実を無視して本能的に快楽を求めようとする性質があるという(エス、イド).他方、自我というのは苦痛や苦悩を体験する情動を無意識へ追いやることによって、心の安定を図ろうとする.これをフロイトは軍事用語にあやかって、防衛機制と呼んだ.人間は防衛機制を働かせることによって、苦悩を追い払い、心の安定を得て現実の世界に適応することができると考えた.しかし、快楽を得ようとする欲動(エス、イド)と、それを押し留めようとする力(超自我)の間で葛藤が生じると不安が生じる.この不安で自分自身が崩れてしまうことを防ぐべく、防衛機制が働くのだが、これが過剰に機能したり失調が起こると精神的な症状(失声、失立失歩、解離、転換など)が生じると考えたのである.これをフロイトは「神経症」と呼んだ.ノイローゼ、というのは神経症のドイツ語読みであり、今でも慣例的に使用されている.この神経症の治療方法が精神分析と呼ばれる.

 神経生理学的な立場で不安を考えてみると、不安は「闘争か逃走」の反応の一つであり、不安症の中核的な要素は「恐怖」「憂い」だとされる.うつ病の中核的要素が「抑うつ気分」と「興味の喪失」である点で対比されることに注意だ.不安の中核要素のうち、「恐怖」とは海馬近傍に存在するアーモンド型の脳中枢、扁桃体を中心とする神経回路により調節され、「憂い」は仮説上、皮質ー線条体ー視床ー皮質(Cortico-Striato-Thalamo-Cortical、CSTC)神経回路に関係するという.不安の基礎となるこれらの神経回路の調節には多くの神経伝達物質が関与している.なかでもγ-アミノ酪酸、通称GABAは不安における鍵となる神経伝達物質で、抗不安薬はこの神経伝達系に作用する.ほかにもセロトニン、ノルアドレナリン、α2σリガンドといったものが発見されている.恐怖の条件づけと恐怖の消去という相反する概念は、不安の症状形成と維持に関与しているとされる.これら仮説は認知行動療法という精神療法と、薬物療法を組み合わせる現代の治療法の基盤となっている.

 この半世紀近くで生理学・薬理学の研究は加速度的に進行したし、精神分析療法も小規模だが行われている.神経症の名前は身体表現性障碍や解離性障碍などに姿を変えて、フロイトの理論は現在も診断体系の重要な基礎である.こうした科学や理論の進歩は不安に対する理解や解釈を行うのに極めて有益ではあるものの、これらは不安を緩和し、消退させようとする方向にある.上記で述べた不安を神経症として扱えば、全人類神経症として、ソファの上で横になり、無意識を引き出す羽目になる.あるいは皆が全般性不安症と診断され、全人類ベンゾジアゼピン系薬剤のお世話になるとすれば、滑稽を通り越してディストピア感があふれる.これではいけない.葛藤を抽出して現実的なアプローチを行い、神経回路の調節を薬剤で行うのももちろん重要なことなのだが、今後不安と折衝するにあたって肝となるのはきっと、不確実性への耐性を高めることではないだろうか.不安に対する耐性(レジリエンス)を高めるような研究はこの四半世紀で始まったばかりだと思う.だが、オープンダイアローグの方法論は必ずや、レジリエンスの獲得に寄与するはずである.参加者全員が.

不安は不安を呼ぶ

 私事で恐縮だが、つい先日、私は二回目の新型コロナウィルスワクチン接種を受けることができた.本当に、本当に、ありがたい限りだ.とは言っても接種後の副反応は予想以上に辛いものであった.二回目の接種後に予定を入れることはおすすめできない.既知の報告で知られている副反応に、倦怠感や関節痛、発熱がある.私の体験に関していうと、発熱なしに強烈なだるさと悪寒、大関節の違和感が生じたのだった.接種後半日くらい経ってからか、本当に全く何もできなくなってしまったのは久々であった.うつ病でぶっ倒れたのとはまた違う.ほとんどの人が一日くらいで回復すると知っていたので希望は持てていたが、もし万が一このまま何もできずにいたらどうしよう、仕事が続けられなくなってしまったらどうしようかと不安になっていたし、この辛い症状を感じていた瞬間がものすごく長く感じられた.上記は私の肉体に関する憂慮であるが、世間ではもっと切迫した不安にかられているし、そんな私事を述べても「あっそ」と言われるのがオチである.今、感染症によりこの苦しみのさらに途方も無い大きさで苦しんでいる方々が毎日六千人くらい日本で報告されていて、一定の割合で命を落とす方がいると思うと、遺された家族や恋人、経営縮小を余儀なくされている業界人、日々全力を尽くす医療人の全身の苦悩は計り知れない.世界規模で捉えればさらに凄まじい数の不安が計上されることになる.

 このような事実を知るとさらに健康や行政、究極は未来に対する不安は増してゆく.報道はそんな私達の不安を反映しているように映る.前回の記事では、刺激を避けて、なるべく怒らず、期待せず、日々できることに注力するのが良さそうだ、といったことを書いた.その考えは変わってはいない.とはいっても不安は尽きない人も多いだろう.私自身、大いに不安を感じている.今、この時代に生きる多くの文明人は皆、昨今の技術革新と逆相関して「不確実性への耐性」が落ちてきているのだろうか、と半信半疑になったり、耐性が落ちやすい社会構造になっているような気もしている.ひょっとして私達は脆くなっているのか.それは私だけだろうか.2017年にWHOが発表している不安障碍人口が増えていることも関係があるのだろうか?

古きを訪ねて新しきを知る

 冒頭に立ち返ろう.私達はできるだけ、忍耐を持って、未解決の問題に対して今すぐ答えを捜そうとしないこと.これが大事だ.きっとリルケの言葉はこれまでも、これからも私達の一つの真理であり、光であるように思う.だから不安を感じて疑問を抱いたとしても、結論を急がないことにしよう.

 はるかはるか昔、伊邪那岐と伊邪那美の二柱が天の沼矛で地上の混沌をコネコネすることによって大八島、すなわち日本が生まれたわけだが、どういうわけか神々は我々に試練をお与えくださった.日本は地質学的性質から天災に見舞われやすい土地だ.地震・雷・火事・親父という災害で被災する人々にとって必要なことは、いかに人々に孤立感を味合わせないようにするかが第一に重要であったと、中井久夫は述べている.中井は日本精神医学の巨人であり、彼は阪神淡路大震災の際、被災地の精神科医療に大きく貢献されている.第二には体験の分かち合いが大切だという.被災地にせよ、避難所にせよ、人々が集って語り合うということに意義があるという.自分はどういう状態だったのか、こういう事態に巻き込まれて、こういう体験を味わった、という事実を縷々として話し、どのような気持ちになったかを語る.そして最後に、どのような結果になったのか、という事実を語る.事実ー感情ー事実という順序が良いようで、感情を開きっぱなしにせず、最後にしっかり現実に帰還することが大切なのだという.私達が今味わっているこの苦痛や不安、思い出したくないのに思い出してしまう映像・記憶、感情の高ぶりや麻痺は決して異常なことではなくて、人々が異常な状況において起こす一般的な反応なのだ、ということを共有できるといいという.

 おそらく震災に限らず、このパンデミックという厄災においても、誰かと語りを交えるというのはきっと大切な作業なのではないかと思う.同じ屋根の下で食事を摂る家族や友人・同棲相手がいれば、それでいい.オープンダイアローグの本を読むと、参加者が同じ場所・同じ空気感に居合わせるのが最善だ、ということは十分わかるのだが、そこまで構造的にやらなくてもいいと思うし、感染予防上どうしても難しいこともある.今の時代ならば、双方向性のグループチャットがある.LINE、ZoomやGoogle Meet、FaceTimeはよく知られた手段だ.顔をあわせなくてもTwitterSpaceやClubhouse、その他の音声配信サービスがある.同時空間性というわけにはいかないが、百年前からあるラジオはよくあるメディアだし、最近はAnchorやSpotifyのようにPodcastを個人でラジオ番組を配信できるサービスもあれば、ニコニコ生放送やYouTube Liveのように視聴者参加型のサービスがある.どのような媒体を用いて共有をするかは個人の都合に任せるとして、どんな形であれ、語りを共有できればいいと思う.巣ごもりをしていても、孤立化しないようにできることもあるはずだ.

 一応言っておくと、昨今のメディアに親和性の低い人々や何らかの事情によりメディアが使えない人がいることは重々承知している.注意すべきはこうした孤立化のリスクが高い方々が軽んじられ、疎まれる事態だろうと思う.地域の住民、民生委員や、行政・保健・福祉の方々の力なくして彼らの可視化は難しい.いつか何らかの形で機動的に、柔軟に、迅速に対応できる精神保健福祉ネットワークの構築に携われたらいいなと思うこの頃である.まずは私自身の健康を取り戻すところから始めよう.

 人は他者と意志の伝達がはかれる限りにおいてしか自分自身とも通じ合うことができない.それは他者と意志の伝達をはかるときと同じ手段によってしか自らとも通じ合えないということである.

 かれは、わたしがひとまず「他者」と呼ぶところのものを中継にして__自分自身に語りかけることを覚えたのだ.

 自分と自分との間をとりもつもの、それは「他者」である.

ヴァレリー「カイエ」Cahier, 1979 恒川邦夫訳

ありがとうございました.

 以下の書籍はとても素敵な内容になっています.ぜひ読んでみて下さい.

ファントム機能あれこれ

錯覚運動を考える

 前回の章でついに「ファントム空間」を定義することが出来た.ファントム空間は「幻影肢」や我々が感じる錯覚現象(ミュラー・リヤー錯視など)が確かに生じるという事実から「心的距離」=「こころの距離」を規定するものとして示された.よって「ファントム空間論」とはすなわち「心的距離」をほとんど生理的な機能概念「ファントム機能」として用いよう、とするものである.

 安永によれば、この着想の順序は、神経生理学における錯覚運動の法則を、精神現象に適用しよう、ということが骨子となっている.その一般法則は次のように表現されるそうだ.

一、主体にある「作業意志」が働き、

二、しかるにその運動の最終効果器官Effectorが機能を失っており、(予期したほど反応しない)

三、しかもその機能欠陥を主体が知らなかったならば、結果として次の錯覚のいずれか(あるいは両方)が生じる.

a: 意図と同じ方向へ、「仮現的な外界の運動」の*「能動的」感覚が生ずる.

*自分が外界を動かしているかのように感じる、ということ.

b: 意図と反対方向へ、「仮現的な自己の運動」の*「受動的」感覚が生ずる.

*自分が受け身に動かされているかのように感じる、ということ.

 ……なんだかよくわからない、と思う方がいても不思議ではない.そのために具体例を安永が用意してくれている.これで安心……と言いたいところなのだが、まずは著者の説明をご覧になっていただく.以下は抜粋である.

 この法則のわかりやすい実例を述べよう.一眼のみを実験の対象とする.もし右眼の外転神経が麻痺しているのに(あるいは眼球を機械的に固定して動かないようにしても同じ)、主体が右へ眼球を廻そうと意志したとする.このとき、実際には眼球は動いていない(すなわち視野には何の動きもないはずである).しかるに主体の体験では、外界は右へと旋回運動を起こすように感じられる.これはさながら目が外界を右へ振りまわしてゆくかのようである(同時に、おそらくははるかに弱い程度に、主体事態の身体が左へ廻されてゆくような感覚も伴うだろう).

 正直言って、私にはこの例がわからなかった.単眼を前提に議論をすることが両眼をもつ我々(のほとんど)にとって、すぐには理解し難い景色となる.単眼にとってそれは立体感のない景色であることは、我々が片目を隠せばわかるのだが.

 ちなみに外転神経というのは眼球を外側に向ける筋肉だけを支配する神経のことだ.外転神経麻痺は眼を外側に向けることができなくなった病態である.外側というのは右眼にとって、右であり、左眼にとって左をいう.麻痺してしまうと外側を向きたくても向けない、という状態になる.つまり、主体が右へ眼球を廻そうと意志したとしても、実際には眼球は動いていないのだから、主体が機能欠陥を知らなかったとしても「主体の体験では、外界は右へと旋回運動を起こすように感じられる」なんてことはないはずだ.

 我々は両眼で世界を捉えることが多いので、もし片方の眼が外転神経麻痺になったとすると、ある視野において「複視」という状態になる.ものが二重に見えてしまうことを言う.様々な外転神経麻痺の患者さんと思われるブログを拝見したが、「主体の体験では、外界は右へと旋回運動を起こすように感じられる」ような説明はどこにも見られなかった.せっかくの論考でこの例示は惜しい.

エレベータに乗ろう

 よって、私なりに安永の考察が意図するような具体例を考案してみた.仮にあなたが新築の分譲マンションの見学会に参加したとしよう.そのマンションは全部で三十六階まであり、高性能エレベータが三基稼働している.「いい景色ですから」と不動産屋の口車に乗ってしまい、貴方はエレベータに乗って、最上階の景色を眺めることになる.そのエレベータは、落成前なので地上階と最上階しか往復できない.乗っている間は自分がどの高さにいるかもわからない.完全な密室である.そして、このエレベータ、最新型で加速が極めてなめらかであり、いつ動き出したかわからないくらいである.だからエレベータの中にいる運動系では乗員は静止しているかのように感じられる.

 そして気づかぬうちに到着するのだが、このエレベータ、ブレーキの調整が不十分で、最上階に到着するときは急ブレーキで静止する!

 これでようやく安永の意図する条件が設定出来た.先程の安永がいう錯覚の法則に当てはめてみると、

一、主体にある「作業意志」が働き、→(エレベータに乗ったから加速を感じるはずだ、半規管に存在する耳石が動くことで重力を感知するはずだ)

二、しかるにその運動の最終効果器官Effectorが機能を失っており、(予期したほど反応しない)→(「あれ、全然動いている感じがしないな……」半規管の機能閾値を下回る加速度である)

三、しかもその機能欠陥を主体が知らなかったならば、結果として次の錯覚のいずれか(あるいは両方)が生じる.→(実際は時速60km/hで動いていたところから急速に静止する運動が生じる)→「全く気づかないうちに到着していた!!まじかよぉ!」

 このとき、自分と不動産屋さんの身体は「仮現的な自己の運動」の受動的感覚が生じるはずである.つまり、完全に静止している状態から突如、浮き上がる感覚が急に感じられる.そして「おえっ」となるだろう.「もう二度と乗るかこんなポンコツ!!」

 どうだろうか、厳密にいえば乗員の身体機能は全く問題ないのだが、慣性系が一致することで感覚器官が機能しない、という状態をつくることは可能だということはわかるはずだ.そして現代に生きる我々はエレベータに乗って浮遊感をわずかに味わった経験があるはずだ(なかったら申し訳無い).

 ファントム機能と統合失調症

 もう一度いうが安永はこうした生理学現象を精神現象にも当てはまるのではないか、と考えたのであった.精神現象における機能、それがファントム機能である.

 前回の記事の内容を改めて述べると、ファントム空間とは、体験可能な至近点から至遠点までの三次元空間のことをいう.その至近極からその時のイメージまでの体験距離をファントム距離、といい(こころの距離)、これを保っている特殊エネルギー実態の働きをファントム機能と呼称する.

 ファントム距離は多少伸び縮みする.だがたいていは至適定常距離にある.つまりほどほどの距離感を保つことができている.知的イメージはその端に現れる.知的イメージというのは、「家族」、「友人」、「職場の人間」といった他者の存在と考えてよい.それなりの距離感を自分なりに掴んでいる.それがファントム機能だ.この機能が正常であれば、習慣的に作られた世界の距離的構造の認識図式とファントム機能とはそのファントム距離測定において全く一致しているはずだ.

 しかし、統合失調症において、このファントム機能が急激に衰弱したと仮定しよう.安永は錯覚運動と似たような現象が起こるのではないかと考える.

 ファントム機能のなんらかの失調により、ファントム距離が短縮してしまった!だが、自身はそれに気づかない.自分はいつもどおり、あるファントム距離を測定した.しかし、イメージはその「予期された距離」にはなかった!!!!!自身はよろめき、錯覚運動が起こる.知覚イメージはこの場合、「遠ざかり運動」を起こす.従来のファントム空間の圏外へと、逃れようとする.

 この説明も急に言われてしまうとよくわからないかもしれない.なので亀吾郎法律事務所のスタッフが頑張ってこの論考に対して、まぁまぁな例を用意することにした.どうか楽しみに待っていただきたいな、と思う.ファントム空間論、なんとなく興味を持っていただけたら嬉しいです.

 

投稿百回目に思うこと

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誰のどんな問題を解決するのか

 実は亀吾郎法律事務所のブログを開設して今回で百回目の投稿になる.これまでの間、何を書こうかなと考えているうちに身構えてしまい、なかなか記事を書くことができなかった.変に気負ってしまってはいけない.なにを書けばよいのかと事務所のスタッフに訊いてみたら「百回目はおめでたいのだから、めでたいことを書けばよい」という.うーむ.めでたいことが思いつかない.世の中で報道される時事でめでたいことも少ないように思う.やはり世界中がウィルス感染症の話題でもちきりだ.ウィルスの話はたくさんだ.亀吾郎法律事務所は誰にとっても平穏で心安らかに過ごせる場所であるべきだ.だからウィルスの話はしない.

 最近、私、吾郎が考えている話をしたいと思う.私が何を考えているかというと「亀吾郎法律事務所」の方向性に関する問題である.ブログを開設してから実にたくさんの方々に来ていただいた.まずこのことについてお礼申し上げたいと思う.いつもありがとうございます!亀吾郎法律事務所は「法律に門外漢」といういい加減な副題を掲げて精神医学、哲学、語学や一部社会学、芸術について自分の考えを論じてきた.放埒と言われてはやや閉口してしまうのだが、私達自身は自由奔放に記述することができ、スタッフの精神の安定に大きく寄与したように思っている.今後もこの奔放さを継続して自由に言論活動を行っていきたい次第である.

 その方向性の中で私がこの頃気にしているのは「このブログの需要とはなんぞや」という問題である.「いやいや、こんな弱小ブログ、だれも求めてないぞ」という辛辣なご意見は当然あるだろう.それはそうかもしれない.さきほど述べたように、この記事は好き勝手に筆を走らせて記載したにすぎないのだから「このブログの記事が向かう先は画面の向こうの読者」とうそぶいて実は自分のために書いているのだ、と指摘されても否定はできない.ブログの志向性が自己に向かっているというわけだ.記事を書いてカタルシスに浸るのも、読者に志向しているのではなく、実は深層で自分に向けて記事を書いていたのだから究極は自慰的な要素があったわけだ.

「なんという卑劣漢.人非人!なんだかんだいって貴様は自分の事しか考えていないわけか.人でなしめ!悪辣な屑よ」

と罵るのも結構であるが、前述を踏まえたうえで内省を深めてみると、次のようなことを思いつく.確実ではないのだが、間主観的(広く言えば客観的)に考えてみれば、我々と同じブログを書く人々や、物書きというのは文章が他者へ開かれている一方で、それが志向するところはすべからく自己を向いているのではないだろうか、ということだ.それはときに自己治療的であったり、自己愛であったり、自己耽溺、自己欺瞞でもあるように思う.私達が広告を貼り付けてブログを投稿するのは、内心広告収入を得たいという利己主義に基づく行為であるし、たまたま広告主と利益が一致しているだけだ.誰でもやっぱりお金はほしいのだ.誰が読むかわからないのに、誰も来ないかもしれないのに、私のような三文記事を延々と書き連ねるのは、真の利他的な聖人か、平凡で利己的な俗人でしかない.

 こういうことを書くと、他のブロガーの顰蹙を買ってしまって「いいね」がもらえなくなってしまうかもしれないのだが、それはそれで結構なことだと思う.ある意味私の企てが成功したといえる.

 もう一度話をもどそう.私達スタッフは「このブログは誰のどんな問題を解決するのか」ということを考えている.しかしつまるところ志向性は自己の欲望へと行き着くのだという見解に我々は達した.とはいってもその中間項に他者=読者がいるのだから、仮に建前であったとしても、自己の欲望が他者を介在してでも、「誰かの問題」を解決できればいいな、と思っている.本当に.

 そこで亀吾郎法律事務所は以下の二点について考えた.このブログの目指すところ、すなわち理念といったところである.まずは「誰のどんな問題を解決するか」という問に対して、私達は次のように考える.

「社会から疎外感を感じる人々、居場所をなくして困っている人、生きづらさを抱えている人」の、「自分の弱さを冷静かつ真摯に受け入れたい、学術的に理解したいという願い」をユーモアとともに解決するブログ

と銘打つことにしたい.そしてもう一つは、

(社会通念上健全と思われる方向性において)圧倒的に個性的で突き抜けた記事を目指すこと

である.いかがだろうか.このようにした理由の一つに、自分自身もそのような思いを体感していること、広い意味で類似した思いを抱えている人々がどのような心情を抱いているかをよく理解したいという考えがある.それを扱うことによって、単なるブログ執筆に終始しないという自律心が芽生えるし、自身の勉強、記事執筆の動機づけにもなる.そして記事の内容は自分の信条を貫いたものかつ、超絶怒涛、個性あふれるものを目指したいという野心に基づいている.私は医学の出自であるものの、人文科学寄りのテーマに親和的な傾向があると思っている.精神医学という分野の中でとりわけ自然科学とはいえない領域を扱うことによって、インターネットの世界でも明るみにでなかった部分に光を照らすことができるのではないかと思っている.特に精神病理学の役割は大きいのではないかと思う.私が知る限り、精神病理学の文献は非常に難解で文章が硬い.こうしたところがこの学問を高潔にする一方で、とっつきにくさを出してしまっている印象がある.私は私なりにこの学問に理解を示しつつ、若気の至によって何らかの方法で茶化してみたり、現代の流行や事象を例えを用いてこの学問への抵抗を減らして行ければよいかと思っている.また、英語を主とする外国語の翻訳や鑑賞を通して、語学の勉強を行うことや、文学の紹介と通じて、亀吾郎法律事務所の新境地を開拓できたら嬉しい.実際、以前投稿したエジプトのポップ音楽はなかなか好評だったように思う.また、「フォン・ドマルスの原理」の紹介も思いの外、表示数が多かった.

 記事を百書いて、ようやくブログの方向性が見えてきたように思う.先達のブロガーたちが「つべこべ言わず記事を百は書け」という理由もなんとなくわかるような気がする.私達、亀吾郎法律事務所はスタートラインに立ったばかりだということを知る.

 事務所スタッフは「めでたいことを書けば良い」ということだったが、「目出度い」記事ではなく、「愛でたい」記事になってしまった.期せずしてブログ投稿百回目の内容はこれから私達がどのような記事を書いてゆくか、という所信表明のようなものになった.

 これからも亀吾郎法律事務所をよろしくお願いします.私達は「社会から疎外感を感じる人々、居場所をなくして困っている人、生きづらさを抱えている人」の、「自分の弱さを冷静かつ真摯に受け入れたい、学術的に理解したいという願い」に応えられるよう、日々面白おかしく、楽しく記事を投稿し続ける所存です、私達は旅人を吹き飛ばす北風ではなく、ぬくぬくと暖かく旅人を照らす太陽でありたいと心から思っています.

 

日々のあれこれ

茶の本について

 記事を投稿してようやく80になった.サイトの連載も少しずつ増えてきたので、伴って徐々に整理をしている.主にURLのスラッグである.それからメニューに過去連載のまとめ(記憶/物語超越・脱出現象学時間論茶の本饗宴)を設けた.ぜひ利用していただきたい.

 思った以上に「茶の本」の反響が多く、主に外国の方の訪問が多い.実に興味深いことだ.一つ、翻訳について説明をしておくと、「茶の本」の原題である「The Book of Tea」はすでに著作権が失効している.だからといって好き勝手して良いというわけではないのは知っていて、著者に敬意を払いつつ翻訳をさせてもらっているということになる.商用に使う気は毛頭なく、もし全翻訳が終わった暁には、青空文庫へのリンクを申請しようかと思っている.もちろん、翻訳に粗があるので全体を読み直して研磨するつもりだ.

アラブ文学について

 大学書林で買った「現代アラブ文学選」は、私にとって貴重なアラビア語のテキストである.現在はハリール・ジブラーンの「預言者」とアブドゥル・ラティーフ・ラアビーの「監獄の手紙」を教材にして翻訳をしながら勉強をしている.アラビア語を勉強して思うことは、アブジャドと呼ばれる子音のみによる文字表記法の普遍性である.我々のうちインターネット・ミームに明るいものは「TDN表記法」という独特の呼名法があることを知っている.これはヘブライ語やアラビア語と同じアブジャドである.この偶然の一致には恐れ入った.

中東精神医学について

 私が医学を志した理由の一つに「狂気」の理解がある.つまり「おかしい」とはどういうことか、ということである.それは精神医学という分野で説明をしようとするのが現代人の理解である.さらにそれは独仏の病理学理論が大いに下地になっていて、我が国でも有数の病理学的考察が勃興した.「ファントム空間論」はその一つである.

 私が考えているのは現代の精神医学の理論体系には西洋アメリカ、一部日本のものが大変であり、そこに中東、アフリカ、アジアが含まれていない.彼らはどのような理解をしてどのようにして精神病病理を捉えているのかは大いなる疑問である.我々と同じ理論体系なのだろうか.それとも中東なりの精神病理学があるのだろうか.

 精神病における言辞として「アッラーAllah」に関する内容、「ムハンマドMuhammad」の血統妄想などはありそうだが、こうした話題は宗教上かなりタブーなはずである.彼らは狂気をどのように取り扱うのだろうか.「ジンJinn」による憑依、とでも今更言うつもりだろうか.すぐに断罪してしまうのでは無いか.

 日本における「対人恐怖症」、朝鮮の「ファビョン火病」、東アジアの「アモックamok」、「コロkoro」の他にポルトガルでは「サンゲ・ドルミドsangue dormido」、ラテンアメリカでは「アタケ・デ・ネルビオスataque de nervious」といった文化結合症候群というものがあるのだから、中東にあっても良さそうである.

 結婚は個人恋愛というより家族、部族の政治的結婚といった印象を持つ.現代であればそれほどないのかもしれないが、結納金が絡んでくる以上、結婚には政治的な権謀術数が尽きないだろう.となれば女性の意向は無視される可能性も高そうだ.フェミニストも激おこぷんぷん丸である.一部は神経症になっても無理はなかろう.だがこれは疾患なのか.彼らはどうやって事態を躱しているのか.

 私はそうしたことを勉強してみたいと思っている.たぶんこの領域でそうした人はだれもいないはずであるか、極めて少ないはずだ.玄奘三蔵のように、私はいつか留学をして文献の理解をしてみたい.いうなれば中東精神医学史、である.

運転について

 自動車の運転をすると気分が落ち着く.考え事をするにはよい空間だと思う.背中から優しく押し出す水平六気筒MA-122型エンジンの動力.サッとキックダウン、意に答えるべく猛チャージするときの美しい音色といったら.PDKは電光の速さでシフトダウンする.コーナーは無駄なブレーキを踏まずに進入し丁寧なステアリングで素早く脱出する.車内全般ものすごく静かでは無いが、なにか優しくも堅牢な殻に包まれている感がある.居心地が良い.外観も素晴らしい.メタリック塗装の光沢はきらめきではなく、ゆったりとした淡い輝きを放つ.空模様によって鈍色になれば青ざめることもある.

 私は近年のフロントグリルが醜悪な車にどうしても親近感を持てない.グリルがでかくなり周りをクロームメッキで覆う趣向はできればみたくない.所有している人には恐縮だし、皆好きな車を買えばいいのは大賛成である.だがそれらがかっこいいという人と私は話が合わないだろう.私は曲線で構成される艷やかなボディの方が好みだ.私は最近、国内の自動車の番組を見なくなった.YouTubeもそうであるが、彼らの抱えている自己欺瞞に満ちた言動が見え透いてしまって、どうも真面目に見れなくなってしまった.じゃあ見なくていいぞ、という声があるかもしれないが、私は本当に最近見ていない.安心していただきたい.YouTubeでは最近は80sや90sのポップスを聞いている.音作り、打ち込みや歌詞の雰囲気が好きだ.あとは陳建一氏と三國清三氏の料理動画、それからクサガメの日光浴動画が多い.

実存について

 最近、亀吾郎法律事務所の三郎(さぶちゃん)が吾郎(ごろうちゃん)に発情していることを知る.お尻の匂いをクンクン嗅いだり、頭突きを食らわせている.なぜ頭突きをするか.私が知りたい.学問的理解でいえば求愛であろう.頭突きをされたメスは性交渉合意のサインを出すと、オスはメスの後方に周り、動物界の例ポージングで交尾を始める.

 さぶちゃんはいささか性急で合意形成が出来ていないのに、交尾をしようとするものだから凸が凹に入らなくて困った顔をしている.ごろうちゃんもごろうちゃんで、無頓着で全く気づく素振りがない.恋愛マンガにおける鈍感な立場だ.頭突きをされてるのだから気づいても良さそうである.頭突きを喰らいすぎて流石にキレているときもある.我々としてはさぶちゃんの恋路を応援したい.

頭突き

 もう一つの応援したい恋路は、某国の王女である.婚約者の母親に関する金銭がらみのスキャンダルが知られ、人々は結婚に反対しているとか.していないとか.少なくともメディアでは結婚に好意的でない印象を持つ.醜聞への食いつきは凄まじい.

 私が当事者であれば、溜まったものでは無い.しょーがねぇだろ好きなんだから.といった具合で、J. P. Sartre によれば実存は本質に先行するようである.好きになった理由を語る術はない.王女の家系をたどるとどうやら伝説級の血脈であるから、権威付けが高まるのだろう、それに媚びる人やそれで生きている人にとって反感を買うのかもしれない.ともかく王室、王家というのは神経症の巣窟のような気がしてならない.侍医は何というのだろうか.「姫、これは試練ですぞ」

 どうか心安らかに万事がうまくいくことを願っているばかりである.

 

陽の光

雑然とした中に思わぬ秩序があったりする.

 あくる夏らしい日.それは燦々と降り注ぐ陽光を身に浴びる日でもあり、冷えたビールを飲みたくなる日でもあり、バーベキュー日和ともいえる日.どこかドライブしてもいい.砂浜で日焼けしたくなるような穏やかな日だった.

 私の借りている家には小さな庭がある.庭と言ってもこじんまりとした、砂利の敷き詰めてある平面を言う.ところが嬉しいことにどんどん草が芽生えてきている.蔦は砂利を這い回るかのように伸び、自然発生のようにいつしか立派な植物がもこもこ生えてきて、妙な植生をなしてきている.私は植物の名前をこれっぽっちも知らない.だが、とても気分の良い空間で、私なりに庭らしくなってきた.実はこの庭には何も植えてはならないと契約書に書いてある.しかも生えてきたものは抜いて美化に務めろという.余計な面倒を起こしてほしくないので賃貸物件はこういうことになるのだろう.というわけで決して何かを植えることはしない.そもそも砂利に種を蒔く人は寡聞にして知らない.

 一般的に雑草といわれるものが、我々の思いに反して、立派に生育していく.何もしなくても好きにやってくれている.今では1/3くらいの面積を覆い尽くすようになった.なぜ抜かないのかと言われれば、私なりに美化に努めているからだというのが答えだ.ひねくれているなと言われればそうだが、一面砂利よりも趣があってよろしい.隣の家の人は定期的にまめまめしく抜くので、私も見習って同じことをしてみたが、抜いたところで平面は美しくなるわけでないし、そもそも容易に抜けるものではない。

 私はこれらを抜くことを諦めた。抜いても次々と生えてくるからだ。よく見ればそれぞれ愛嬌があるし、葉の上に佇むカエルを認めるだけでなく、アリがいそいそと歩哨にでかけているのを見る。カメムシは邪魔さえしなければ臭くないのだ.彼らの生活圏を侵すことはどうも心苦しい。生活を脅かしたところでどうせ徒労に終わる.であればありのままにしておいてこれからどのように繁ていくか見ていくほうが楽しそうだ.すでに私は楽しんでいる.勿論、洗濯物を干す場所や公共の空間は逸脱しないようにする.私の生活圏と小さな隣人の生活圏を共有しあい相互不可侵に務めるのが私の考えるところだ.他者からすればさぞかし無精者と思われるかもしれない.それは恒久平和のためには仕方ない.

 自分の思い通りにしたくてもそうはならないのは世の常.どんなに厳しく取り締まっても追い払っても、自分だけの世界でない限り決して思い通りにはならない.それは私の庭だけでなく世界で起きてきたことを見れば自ずから明らかだろう.北風は旅人の衣服を吹き飛ばすことはできなかった.私はやはりあの夏の太陽が好きだ.

気づけばグリーンイグアナ

 先日、妻と淡水魚の水族館を訪ねました.大きな敷地の中には大きな池が会って、その中心にガラス張りのルーブル美術館のような建物があります.水族館の入口には鯉のぼりを模した、何百もの鮎のぼりが風を吸って、元気よく泳いでいました.見物人は少ないのでゆったりと静かな空間で集中して魚を観察することができました.マス、ヤマメ、タナゴ、フナ、オイカワ、コイ、ドジョウ、ウナギ、カエル、イモリ、ザリガニ、サワガニなど淡水でよく観られる生物がゆったり暮らしていて、少し羨ましく思いました.ガラスから差し込む日光が眩しくて、蓮の葉は大きく葉を広げるのとは対称に、我々は瞳孔を小さくして少し暗い館内を探索します.淡水魚だけでなくて海水魚や汽水域の魚も少し展示してあって飽きることがありません.アジ、タイ、マグロ、サメ、ヒラメ、フグ、ウツボ.正直にいうと時々美味しそうだな思うときと、この魚、あな恐ろしと思うことが多かったです.読者諸兄には私の見識の狭さに呆れるかもしれませんね.しかし背びれ尾びれが動くときの一切の無駄の無さと優雅さ、光に反射するウロコ.しなるように動く細長い流線.そしてそれら形態へと至らしめた進化の道筋あるいは万象の妙技にはただただ感嘆するばかりでした.

 水族館や動物園を訪ねるときは、自分(の世界)と動物(の世界)の対比を行うことがもっぱらかと思います.自分の知識と実物を照らし合わせて違いを感じ取り、そこに感動する、思いを共有する、新たな情報を得ることが多いのではないでしょうか.水族館はそれが面白いのです.マリンスポーツをやる人は水中生物の知る力学に感動し競技への新たな着想を掴むのか、芸術家は生き物の息遣いや水と光が作り出す不可思議な空間に魅せられるのか、いずれもどうなのかはわかりませんが、私が少し考えたのは妻とのやり取りを介した以下のようなことです.

 砂場に潜って両眼だけを出しているヒラメを見て私はこう言いました.

「あのヒラメのように、平べったく砂の色とほとんど同じ色合いで景観に潜るというのは全く信じがたい技ではありませんか.ということはヒラメは砂の色と自分が砂に潜るときの体の形をよく理解している、自分が隠れたときにどのような姿になるかをおおよそ知っていて、まるで他者からの眼差しを意識して姿を発展させたかとしか思えないような造形です」

 妻は少し考えて言います.

「私は自然選択説というものを学んだことがあります」

「ほう」

「進化を説明するとき、自然環境が生物に無目的に起きる変異を選択し、進化に方向性を与えると」

「つまり、ヒラメは意識せずにあのようになったと」

「ええ、学者はそういいます、私はそう教わりました」

 妻はいつも冷静です.

「では、ヒラメの擬態と同じように、イカもタツノオトシゴが岩陰や海藻に紛れて身を隠すようになったのは、彼らの意識するところではない.しかし数ある子孫に現れた個性のうち生存に適さなかったものが、長い歴史の中で徐々に淘汰され、適したものがいつしか形質として選択される、と」「あんなに見事なのに.ナナフシの節足やハナカマキリの色彩もガの紋様は自身の体躯を客観的に認知せずにああなるだろうかねぇ」

「貴方の言いたいことはわかります、でも私はそういう知識を持っていると言ったに過ぎません」

「すごいねぇ」

 私は少し気まずくなって、妻の顔を見ずにガラス越しのヒラメと目を合わせようとしたのですが、ヒラメはじっと考え事をしているようで私にとりあってくれませんでした.

「少し喉が乾いたね、休憩しようか」「あすこのベンチがいい」「ええ」

 私達は日光が燦々と輝く外の景色を眺めながら休むことにしました.燕がヒューッと急降下して勢いよく高く揚がるのを見て、近くに巣があるんだね、帰りに見に行ってみようか、などと話をしました.蓮の花が咲き乱れ、アメンボがスイーッスイーッと水面を揺らします.実にのどかな光景に目を見張りました.ずっとこういう時間がつづくことはないと思いながらそれぞれヒラメのようにじっと考え事をしていたように思います.少し時が経って奥に進むと世界の淡水魚コーナーと称して、主に南米の熱帯に生息する巨大魚が展示されていました.いや、どちらかというと我々が見られていたのかもしれません.ピラルクーが悠々と泳ぎ、近くにはポルカドットスティングレイが張り付き、カンディルやピラニアがちょこちょこ水の中をかけっこしています.自分が水の中にいたら堪らないだろうと思いながら水中に設置されたガラスチューブを歩き、地上に上がります.外から見てルーブルの四面体のように見えたのは熱帯雨林を模した環境を保つためのガラスだったのです.鬱蒼とした森の中を歩いている気分で、なかなかおもしろいものでした.目の前にオウムのような鳥がいるのもびっくりしました.あとから知るとインコのようでしたが、妻は息が早くてあまり調子がよくなさそうだと心配していました.ほかにも何かいるかとキョロキョロしてみてもなかなか見つからないので立ち止まっていると、妻が

「ねぇちょっと、あれ」

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 2mくらいの近さでそれは大きなイグアナが日光浴をしていたではありませんか.まったく物音せずにずっと林の定位置にいたのです.あんなに近くでイグアナを見ることはなかったし、気づかなかったこともびっくりです.かといって向こうは何かこちらに気を使うわけでもなく自分のことをしていたので、あたりに漂う空気は穏やかなものでした.怖いと思う気持ちは全然なくて、なんだか昔から知っている仲間に偶然出くわしたような嬉しい気持ちがしました.イグアナがそこにいてくれてよかったなと.

 帰ってから妻と話したことを調べてみました.もしかしたら私がヒラメを見て言ったことはJ. Lamarck(1744-1829) の唱えた用不用説に近いのかもしれません.現在進化論の潮流は妻が教えてくれたC. Darwinによる自然選択説にあるようですが、素人ながら確かによく観察と熟考を経て得られた学説だと思います.この自然選択説は変異は自然が淘汰し、偶然が支配するサバサバした学説であって、進化の過程において生物がああしよう、こうなりたいという密かな思いを排除したものとも考えられます.私自身、もっと知らなければならないことが沢山あるのを承知で言いますが、どんな生き物でも個々なりの密やかな思いがあっていいはずだと思います.これを主体性といえば少しすっきりした言い方になりますが、各々が形態・機能変化へ向かう何らかの力動が働いている、究極的には進化へと至る推進力<精神といっていいのだろうか?>が存在しているように感じるのです.私はロマンチックな話が好きなのでこういう考え方になりますが、この世界が確率や偶然だけでできているのではあまりにつまらなくありませんか.運命がきまぐれによって決まってしまうような考えはある意味単純明快ですが、我々がみな運命の囚われになるのは惨めでしょう.何か私達にとって捉えがたい生命固有の志向性が働いているだとか、運命に抗うベクトルが備わっているような、そんなある種の不可思議な方向づけがあるとしたら、僕らはカメレオンやタコともっと寄り添っていける気がするのです.

 こんな話、うちの事務所のスタッフくらいしか聞いてくれないかと思いましたが、あとで定向進化説(Orthogenesis)やNeo-Lamarckismといった生命の内的方向性を考える学説があると知りました.私よりずっと前に似たようなことを考えている人がいると知って、自分の凡庸さに気づきつつ、共感してくれそうな人が少しでもいるのだと思うとほっとしました.イグアナがそこにいてくれてよかったなと思う気持ちと同じでした.