原罪について

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前回のあらすじ

 過去三回連載した「不安の概念」に関する記事で、私は主に第一章、第二章の説明を試みた.簡単にまとめると次のような具合になる.

 ・キルケゴールは不安の構造をキリスト教の「原罪」と自身の人生体験から理解しようとした.

 ・原罪論とは、「人類が普遍的に罪を負っている」という説明に根拠を与えるもので、創世記の伝承、アダムの堕罪に基づいている.ただ教義によって解釈が異なる.

 ・不安とは「自由のめまい」であると例えられる.不安とは、人間存在の構造が何の支えもなく揺るがされていることである.不安と恐怖は前者が対象を欠く点で大きく異なる.

 ・罪と不安は表裏一体である.無責の状態から有責の状態へと質的な変化(質的飛躍)が生じるときに不安が生じる.

 これから話す内容はアダムは人類であり、アダムは個人でもある、というキルケゴールの主張を理解する試みになる.「おれがあいつであいつがおれで」という児童文学を思い出す内容である.

 アダムの罪を説明することは原罪を説明することである.そして、アダムを説明しようとするが原罪をしようとはしない説明、あるいは原罪を説明しようとするがアダムを説明しようとしない説明は何も役にも立たないのである.このことは、全人類は個人に、個人は全人類に与るというようにして、人間は個人であり、そしてそのようなものとして自己自身であると同時に全人類でもあるということが、人間の実存における本質的規定のうちに深く根ざしているように思われる.

「不安の概念」第一章、「原罪の前提としての不安」

 「人間は個人である.そしてそのようなものとして自己自身であるとともに全人類でもあるということ、これは人間の実存にとって本質的なものであると思う」という上記を噛み砕いた文章を考えてみる.

 アダムは蛇に唆されたイヴの誘いで禁断の実を食べてしまった.美味しかったのかどうかは兎も角、「(創造主は)食べてはいけないと言われたが、食べようと思えば食べられるではないか」という自由の気づきのもとでアダムは果実を口にする.その自由とは、「食べてしまったらどうなるのだろう、死ぬとはどういうことだろう」という不安に転じる.そして、その不安は堕罪へと至るわけであるが、この罪は、創造主への無自覚な反逆とも理解できるかもしれない.創造主が作り出したアダムとイヴは全く善い人間であったはずだが、全く善いからこそ、無垢であり、無知であった.無知で、自由である故に堕罪したのであった.

 ここで伝統的教義学(ルターやアウグスティヌスの教義)と異なるのは、アダムは「禁断の果実を食べてみたい」と思ったわけではない、ということである.詳しく言えば「欲情」が生じたわけではない.「食ってはいけない」という神の禁止に対して、「禁止されたことをしてみたい」と思ったのではないのである.

「食べてしまったらどうなるのだろう、死ぬとはどういうことだろう?」

 伝統的教義学によると、アダムが堕罪したときに「欲情Concupiscentia」(生来の悪の傾性)が生まれたとする.しかし、アダムが創造されたとき、そもそも彼は無知ではなかったか.そんな彼が欲情などするだろうか.禁止されたことをしてみたい、という悪があるだろうか、とキルケゴールは考える.アダムとイヴは全く善い人間であったのだ.この堕罪の瞬間における解釈が伝統的教義学とキルケゴールで異なるのであり、「食ってはならぬ」という禁止がアダムの中に罪を生み出した過程には「欲情」ではなく、「不安」という力動が内在していたのであるという彼の論理には敬服するほかない.アダムは悪気なく罪を犯したのである.

 さらに伝承にもあるように、知恵の実を口にしてからは二人はスッポンポンであることを羞恥する.互いに木の葉で外性器を隠すキルケゴールも「堕罪によって性が措定された」と述べている.もし二人が欲情するのであれば、それは堕罪した後の話であろう.

 かくして、アダムが堕罪し、楽園を追放されてからは二人は交わる.するとカイン、アベル、セトが生まれ、セトの子孫がノアとなり、ノアの息子のセムの子孫のテラの息子がアブラハムとなり、その息子がイサク、五作、田吾作、与作……と続くわけである.アウグスティヌスから始まる伝統的教義では、原罪はアダムから上のような繁殖によってその後の人類に伝わるとし、それ故に個人は生まれながらにして罪の中にあると考えた.ルターなどプロテスタント派も、罪の原因を生来人が持つ悪の傾性によって説明しようとしている.だがこれは罪の普遍性を説明するにすぎない.我々にはもともと悪の傾性があるという言い分も納得できそうにない.

 伝統的教義学とキルケゴールの考えは次の点でも異なる.伝統的にはアダムは人類を罪に堕とした張本人かつ原因であるが、アダム以後(与作など)の個人の罪は、人類が堕罪した結果として生じるものとして解釈される.つまり、アダムとそれ以降の人間を区別してしまっている.しかし、そうではない.これでは原罪論が個人の罪性と人類の普遍的罪性両方を説明しようとする試みに反してしまう.もう一度キルケゴールの文章を思い起こしていただく.

 アダムの罪を説明することは原罪を説明することである.そして、アダムを説明しようとするが原罪をしようとはしない説明、あるいは原罪を説明しようとするがアダムを説明しようとしない説明は何も役にも立たないのである.このことは、全人類は個人に、個人は全人類に与るというようにして、人間は個人であり、そしてそのようなものとして自己自身であると同時に全人類でもあるということが、人間の実存における本質的規定のうちに深く根ざしているように思われる.

 現代に生きる我々なら理解は容易いだろうが、奇しくも私とあなたのゲノム情報は極めて類似している.どんなにあなたが嫌がったとしても.私と他の70億の人間のゲノム情報も酷似している.ボブ・マーリーもポール・マッカトニーもルーサー・ヴァンドロスもホイットニー・ヒューストンも非常によく似ている.これは我々がホモ・サピエンス・サピエンスというヒト亜族の一つであることで理解される.もとを辿ればかならずご先祖がいる.ご先祖の先祖をさらにさらに遡れば、我々はいつか生物学的「アダム」に到達する.誰でも人類の連続性がある.

 たかだか10万年程度ではゲノム情報は大きく変わらぬ.あなたとあなたの隣人の遺伝情報は99.9%以上一致しているらしい.チンパンジーでさえあなたとも1−2%程度しか変わらないのだ.故にアダムと現代の私たちの生物学的特質もさほど変わらないし、生得的な能力はほぼほぼ変わらないと見ていいだろう.生物学的な視点で、私とアダムは本質的に同じである.これは70億個ある均一な大きさのビー玉から一つ取り出すのと同じだ.セミの死骸に群れるアリを一瞥して、各々の差異に気づくことはできないように、ガルガンチュアのように巨視的な目線で見ると私たちとアダムはなんら変わりはないのだ.

 連載の最初で私は次のように触れたことを思い出す.

「これ(創世記)はもちろん神話なのであるが、多くの人が挙ってこの神話を取り上げるのは、宗教的な意義だけでなく、ある種、アダムを人類のプロトタイプとして考えたときの思考実験として捉えると興味深いからかもしれない」

 アダムもその後の人類も同じ人間である.よって本来同じ性質である両者を区別することは誤りである.前者を特別扱いしたり、例外扱いすることは議論をおかしくする、とキルケゴールは指摘する.アダムは最初の人間であり、彼は自己自身であるとともに人類である.アダムは人類の範型、典型なのだ.アダムの罪は人類の全体が堕罪した原因ではなくて、むしろ同じ人類である個々人がどのようにして堕罪するかを示す例示「Design study&Prototype」である.アダムが質的飛躍によって堕落したように、我々人類は質的に堕落している.その質的堕落とは、私達は無知ないし無垢な状態において不安の萌芽から自身の行為によって堕罪することなのである.我々は生まれつき罪の中にいるのではない.罪を犯す素質=罪性(ポテンシャル)を秘めているのである.そのポテンシャルが世代を経て伝わっていく、という意味で我々は普遍性を持つ.

 アダムが無知かつ自由故に堕罪したように、私たち人類も自らの無垢と無知で自由な行為によって罪を犯すのだと.よって罪の責任をどこに求めるべきか、それは個々人なのだ、ということは明らかになってくるように思う.

 今回の記事は以上である.私はずうっとずうっと原罪論について考えてきたが、ようやくキルケゴール兄貴が考えていたことに一定の理解を示せそうである.アダムは人類のプロトタイプである、という仮説は存外悪くない考えであったように思うが、それが自分の中で納得できるまでに大変な時間がかかった.そしてその考えを記事にして世間にお示しするにも時間がかかってしまった.牽強付会のように思われたら残念だが、私なりに錆びついた灰色の脳細胞を駆使して考えたのである.

 さて、「貴方こんなことを考えて一体なにになるの」とか「あんた暇だね」、「そんなこと考えているならもっと実学を勉強しなさい」とかいろんなお褒めの言葉が来るだろうと予想するが、私に言わせればこのような思索は臨床実践において極めて必要である.実際とても役に立っている.当たり前だが、精神医学は哲学ではない.だから精神病理学も哲学ではない.哲学ではないが、哲学の方法論を使わないことには理解できないだろうと思う.外科医にとっての手術室と同じように、私にとって哲学は精神病理を理解する思考の力場であり、外科医にとってメスが道具であるように、心理学は精神療法を実践するための道具である.ともすれば薬理学はある種飛び道具であろうか.

 不安は誰にでもある心的動きである.これがどのような機構で生じるのか、について一定の把握をしておくことは決して悪いことではない.生理学的なアプローチに基づくGABAの機能失調等の仮説も十分理解しておくべきだろう.だからと言って抗不安薬を矢鱈ぶち込めばいいかと言えば決してそうではない!!私はキルケゴールの考えを盲信するつもりはないが、「人間存在の構造が何の支えもなく揺るがされていることが、不安の原因である」という箴言には大変な共感を覚えるし、これを念頭にして面接に望めば不思議とクライエントのむつかしい言辞にも心を沿わせることはできそうなのだ.

いつもありがとうございます.

 余談ですが、当ホームページの用語集、頑張って増やしています.特に心理学関係の用語を充実させていますのでよかったらお立ち寄りください.

 

 

 

Essay on my state of mind

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1. Summer greeting

What a scorching hot and humid summer we are in Japan! We cannot survive without air-conditioned room these days, or we may die from severe heat stroke. In this summer, the following passages reminds me of unforgettable chorus by cicadas’;

Our journey from Penang to Singapore began at night. We were carried in darkness through the invisible forest. The noise of the insects among the trees was like an escape of steam. It pierced the roaring of the train as needle might pierce the butter. I had thought man pre-eminent at least in the art of noise-making. But a thousand equatorial cicadas could shout down a steel works; and with reinforcements they would be a match for machine-guns.

Aldous Huxley, Jesting Pilate, 1926

 ペナンからシンガポールへの僕らの旅は夜に始まった.僕らは暗闇の中、姿の見えない森を抜けて運ばれたのだ.木々の間の虫の喧騒はまるで蒸気の発散のようだった.汽車の咆哮がいともたやすくバターを突き刺すように僕らの耳をつんざいた.人類は少なくとも騒がしくすることに於いてずば抜けていると僕は思っていた.しかし、幾千もの赤道セミは鋼鉄の音をかき消したのだった.機関銃をもって等しいくらいに.

オルダス・ハクスリー、ピラトはふざけて、1926年

I am sincerely wishing that everyone stays in good shape, and all of us get through this unprecedented disaster of pandemic.

2. Settlement

As I drove across the prefectural border on the highway for some private reasons a few weeks ago, I felt a nauseous sentiment that I had sensed so long time ago, which equivalently annoyed me when I suffered from clinical depression since two years ago. The ache that I felt was just like my heart locked up by unseen power, that is commonly known as psychological stress. The damage I took from familial issues that concerned my marriage with my partner, and my career as a psychiatrist had collapsed due to the major depression that is still hard for me to approve. The place I passed by was the closest highway interchange from where I was born and brought up. I remember the uneasiness bore in my mind every time I saw the traffic sign which indicated that my birthplace was very close. And as I went far from the city, I realised that I felt better, which was an unexpected phenomena.

 先日、私的な理由で高速道路の県境を走っていると、かつて私が抱いていた悪心のようなものを感じたのでした.それは私が二年前にかかったうつ病の時と同じような不快感でした.心理的ストレスとして知られる、恰も見えない力によって、心に鍵がかかったような苦痛が私に生じたのです.私が受けた配偶者に関する家族的な諸問題からの傷や、うつ病のために精神科医としてのキャリアが閉ざされたことは未だに受け入れがたいことです.私が通り過ぎたところというのは、私が生育した場所に最も近い高速のICでして、私は標識がその場所を指し示すたびに不愉快な気持ちが芽生えたことを覚えています.そして街を通り過ぎると気持ちが楽になったことに気づいたのですが、これは予想外の現象でした.

I wondered, if the psychological stressor can be attributed to my “two years ago” matters, does this mean that my mental problem should not be diagnosed as depression, but an adaptive disorder? According to DSM-V classification, the basis of the diagnosis is the presence of a precipitating stressor and a clinical evaluation of the possibility of symptom resolution on removal of the stressor. Hmm……

 もし、心理学的なストレス因子が私の「二年前」のことに起因するのであれば、これは私の心理的問題がうつ病ではなくて、適応障碍なのではないかとふと思ったのです.DSM-Vの分類によれば、診断の基本は、気分を害するストレス因子が存在し、ストレス因子が除かれることによって症状の解消がみられる可能性の臨床的評価をすることとあります.ふむふむ.

Fortunately, now I am rather happy living with my wife, and able to go for work as a “headshrinker”. And I believe that I am good enough to maintain family finances so far. Objectively, I think I behave as a healthy person except for the truth that I am still being prescribed minor tranquilliser. However, I must say that I am not a man that I used to be. I cannot be healthier than anymore, there has been a feeling of disquiet in my mind since I got mentally ill.

 幸いにも今、私は割と幸せに妻と生活できていて、さらに精神科医として勤務できています.私は今のところ、家計を回すこともできている方だと思っています.傍から見れば、未だに抗うつ薬を処方されている事実を除いて私は元気に見えるでしょう.しかしながら私はかつての私とはやはり違うのです.これ以上元気になることもないでしょうし、私が病気になってからはずっと不穏な空気が心の中に留まっているのです.

Why would I have to be bothered with such a disgusting feeling for a long time? This is quite a troublesome psychological dynamics that I honestly don’t want to admit. But I have to keep soldier on.

 どうして私はこんなに長く忌々しい感情に悩まされなければならないのでしょうか.こいつは大変厄介な心理学的力動というもので、正直言って認めたくないものです.しかし前に進まなければならないのですね.

As a medical profession, I do not judge by myself, but I think I am getting better than before. In other words, the mental state may be in remission. Chances are that I will plan on having a few more practical licenses for my career, if the condition gets better than before. The other day, my doctor in charge and wife cheered me up with words that “You look better. But don’t be hurry-scurry, take it easy.” Much appreciated.

 医師として私は自分を診断するということはしませんが、おそらく私の体調は以前よりも良くなっているようです.換言すればこれは寛解なのかもしれません.一応機会があればキャリアに向けてより実用的な資格を取ることも検討しています.もしこのまま調子が良ければの話ですが.そういえば先日、主治医や妻が「いい感じじゃないですか、でも焦らず、気楽に」と言ってくれたのです.感謝ですね.

After all, I think that the rightness whether I have been in adaptive disorder or major depression, is quite a difficult issue to define them. Moreover, It is because so intimate the relation between weakened adaptiveness and mood disorder that the two can scarcely be thought apart. But if we take the DSM-V classification in consideration, the length of being affected by mental disorder, which had led me to severe disfunction of thought and emotion, it is rather better to say that I have been in depression disorder. This may be evident to all readers by browsing my past articles, the flows of my thought seems a bit awkward and illogical. I owe you an apology.

 結局、私が適応障碍なのかうつ病なのか、どちらが正しいのかという疑問は実に定義し難い難しい問題なのでしょう.さらに言うと、両者の関係はあまりにも密接であるからして、脆弱化した適応性と気分障碍の間は切り離して考えることが殆どできないのです.しかしながら、もしDSM-Vの分類を斟酌すれば、つまり精神障碍の罹病期間が私に与えた深刻な思考と感情の機能不全によって、むしろ私はうつ病にあると言えそうです.これは読者の皆さんにとっては過去の記事を見直すと明確かもしれません.思路がややぎこちなくて論理性を欠いているようでして.申し訳ないと思います.

In the end, I am neither angry nor upset myself for what I felt in the motorway, I must tell that I was just keen to describe the fact that occurred to my mind. Yet it was indescribable event for me to note in my native language, foreign language(English) helped me tidy up my thoughts instead. Thanks to this work of writing, probably I may be gradually reaching a settlement with my self-conflict.

 終いに、私は高速道路での体験について怒りや苛立ちを表明しているわけではなく、私は単に自分の中に生じた事象を描写したいという一心だったのです.しかし日本語では名状しがたい出来事には違いなく、その代わりに外国語が私の思考を整理する助けになりました.書くという作業のおかげでおそらくは私は次第に自分の心と折り合いを付けつつあるのかもしれません.

Thanks for reading.

ありがとうございました.

質的飛躍

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  セーレン・キルケゴールによる「不安の概念」という著作は不安についての分析を試みたものである.これまで二回ほど彼の著書について取り上げたが、そもそも取り上げた理由は、間接的なものではあるものの臨床で生じた様々な疑問からであった.それらは過去の記事のリンクから御覧いただいて参照して欲しい.一つは、不安の現代の語義に関する話題、もう一つは、罪を「創世記」の伝承から読み解こうとした先人の紹介と、「不安とは自由のめまいである」というキルケゴールの文句を引いた.それに若干の解説を加えたものと記憶している.

 さて、「いかにして罪というものが措定されたか」「不安との関係はいかなるものか」という内容で次の記事を書くことを目標としたが、「不安の概念」の第一章、第二章の理解がとても難しく、殊更にキルケゴールの用語である「質的飛躍」を理解しないことには「堕罪」もひいては「不安」も理解できないことに気づいた.私は時間があるときに何度も何度も頁を往復した.進んでは戻り、進んでは戻り…… どうやら予定変更となりそうだ.

とある漫画から「質的飛躍」を考えてみる

 「ジョジョの奇妙な冒険」第四部、「ダイヤモンドは砕けない: Diamond is Unbreakable」という作品に出てくる広瀬康一小林玉美のやりとりが、罪の「質的飛躍;det qualitative Spring」を理解するのに良いのではないかと私はずっと考えていた.今回はその話をしようと思っている.この小話は物語の核心に迫るものではないのでネタバレはない.安心いただきたい.「ふーん、この筆者はジョジョが好きなんだ」という理解は半分誤解である.そうではなくて、たまたまグレートな例えがジョジョしか思いつかなかっただけだ.作品はまぁまぁ好きだが実際、第五部「黄金の風: Vento Aureo」までしか知らないのだ.そう断っておかないと、本物の通人に失礼だ.

 作品の大筋は以下のようなもので、大河小説(Roman-fleuve)に近い.第四部は宮城県仙台市のとある町をモデルとした架空の町(杜王町)で繰り広げられる、シリアルキラー(連続殺人犯)との戦いを描く.ところで「ジョジョの奇妙な冒険」をご存知ない方に一応、公式の紹介を載せておく.1980−1990年代の週刊漫画の黄金期を築いた作品の一つである.

代々血統が受け継がれ、主人公が交代していく物語

「『ジョジョ』って第何部だとか、主人公が何人もいたりだとか、複雑そう。コミックスも100冊くらい出てるし、タイトルが違うのもあるし、どこから読んでいいかわからない」という方は多いかもしれません。

1987年に週刊少年ジャンプで連載を開始した『ジョジョの奇妙な冒険』は、第1部の主人公ジョナサン・ジョースターと、敵対するディオ・ブランドーとの因縁から始まる物語。その戦いはジョナサンの代だけでは決着せず、その子孫たちも巻き込んで100年以上続きます。主人公や舞台が交代していくのはそういう理由なのです。

JOJO Portal site -ジョジョとは- より

 その作品を語る上で欠かせなくなる概念に「スタンド」がある(「電気スタンド」のスタンドと同じ抑揚である).「スタンド」とは「パワーを持った像」であり、持ち主の傍に出現してさまざまな超常的能力を発揮し、他人を攻撃したり持ち主を守ったりする守護霊のような存在と説明される.人や動物を模したり、飛行機や拳銃、ボディスーツのように持ち主と一体となるものだけでなく、粘体のように姿かたちを自在に変えるものもある.容姿と能力は持ち主固有のものであり、一つとして同じものはない.そして一人一体である.複数はない.基本的に第三部からこの「スタンド」能力で登場人物は戦うことになる.彼らを「スタンド使い」という.第四部も「スタンド」能力の戦いは引き継がれる.

 物語を構成する重要な性質として「スタンド使い」は引かれ合う.多分虫プロダクションに漫画家が自然と集まってくるのと似ている.よって誰かがいれば自然と能力者が集まる.能力者の信念・信条の衝突が能力を駆使した戦いとして表現される.ちなみに「ジョジョの奇妙な冒険」は異能力バトルの先駆けらしい.何を異能力とするのかは定義し難いが.

広瀬康一の災難

 *ここで嬉しい誤算があった.これから説明しようとしていた「罪の質的飛躍」を理解するのに都合の良い場面が、AmazonのKindle版でちょうど試し読みの対象となっている!読者の皆さんが私の茶番に真摯につきあってくれると信じて、以下にリンクを貼っておく.もちろん、私なりに文章に起こして、丁寧、丁寧、丁寧に描写を試みた.とはいってもSeeing is believingであるからぜひ試し読みページをご覧になっていただきたい.

 私と集英社とAmazonに利益相反はありません.下記に示すイラストは模写であり、作者及び集英社の著作権を侵す意図がないことを明記いたします.

 杜王町に住む高校生、広瀬康一は(スタンド能力を発現させるまでは)純粋でごく平凡な少年であった.そんな彼が新品の自転車にまたがり道を走っていると、急に何かが詰まった袋が路面にあることに気づく.広瀬康一は急ブレーキをかけるが間に合わず、袋を轢いてしまう.袋からは真っ赤な液体が滲み、中からはかすかに「ニャァニャァ」と弱った猫が力なく鳴いているような音が聞こえる.

 広瀬は「猫を轢いてしまった」と直観してしまう.轢くことを意図しなかったにせよ.やがて猫の鳴き声は消えてしまう.

 するとどこからか、チンピラのような男が現れる.彼は小林玉美という二十歳の青年で、どうやら強請り屋(他人を脅して無理やり金品を巻き上げる人)として杜王町にいる.彼は広瀬が行った一連の行為を目撃したと証言し、広瀬を動揺させる.そして「声が聞こえなくなったのだから猫は死んだ.おれの猫が」と付け加え、広瀬を追い詰める.広瀬は自分が轢いた猫がこのチンピラの飼い猫だと聞き、困惑する(飼い主ならば猫を袋に入れて道端に放置するなど考えられないのに).

 「おいおい!フザけてんじゃあねーぞ! 君はたしかに悪くない」

 「だがおれのネコ殺しといて無料(タダ)で行っちまうのかよ!カワイイ顔してよーっ」

 「カワイソーなネコをひき殺したのはニイチャン!おまえだ…」

模写1.漫画の一コマから.
当ブログの趣旨は作品と無関係であり、あくまで当ブログの記事内容が主、引用する作品のコマの模写はそれに従属するという認識で掲載しています.

 (実は)小林玉美は「スタンド使い」であった.その能力は「対象に生じた罪悪感に対応して、相手に『錠前』をつけて心の重圧を与える」ものであった.彼はスタンド能力が発現してからか、自身の能力を使って、言葉巧みに強請りをしていたようである.そんなことを知らない広瀬は袋に入った猫を轢いた罪の意識から、小林のスタンド能力「ザ・ロック」の術中に嵌ってしまう.

模写2.心の錠前が出現する.
当ブログの趣旨は作品と無関係であり、あくまで当ブログの記事内容が主、引用する作品のコマの模写はそれに従属するという認識で掲載しています.

  これが質的飛躍である、と私は考えている.「ザ・ロック」は「罪」が生じた瞬間に錠前として顕現するのである.錠前はこの作品でいう「罪」の表象である.「創世記」におけるアダムの堕罪、すなわち人類が無責から責を負う存在になったことこそが、「質的飛躍」なのであろう.ここでは罪の大小を問うているのではない.罪があるのか、ないのかが問題となっている.キルケゴールはおそらくそれを創世記の伝承から考えたに違いない.

 同様にして広瀬康一は無責から責を負う立場へと一転した.よって彼の心には「錠前」の形で「不安」が現れたともいえよう.なお作中では錠前は「不安」とは明言されていないが、「人によっては自責の念で死んでしまうこともある心理的重圧」と記載がある.前回の記事で「不安とは人間存在の構造を根本から揺るがすもの」と述べた.とすれば、「堕罪」が存在することが「不安」なのであるという理解は、「不安の概念」にある以下の文章とも合致するように思う.

・個体における原罪の結果、言い換えると個々人のなかに原罪が現存すること、それが不安なのである.

・罪は〈最初は〉不安のなかへ入り込んできた.が、こんどもまた罪は、不安を〈道連れ〉にたずさえてきたのである.

「不安の概念」第二章:原罪の結果としての不安、1844年、村上恭一訳

 広瀬はこれまで真面目に素行の良い少年として生きてきた.にも関わらず、突如「猫を自転車で轢く」という罪に等しい行為をしてしまったと感じたが故に、その行為が自身の人生の根本を脅かすものだと直観し「不安」となる.また、彼は袋を轢く瞬間、「これからどのようになるのかわからない」という根源的な「不安」を持っていたともいえる(結果的に猫を轢き殺すことになるが、ただの袋を轢いただけに過ぎない結果もあったかもしれない).そして袋を轢いて、中に猫が入っていたと直観したとき、彼の中に罪が芽生える(罪が措定される).要するに「罪」と「不安」は表裏一体なのだとキルケゴールは考えたのではないか.どうだろうか.

 

次回は

 さて、広瀬康一がこの難局をどのようにして切り抜けたかは、作品の醍醐味であるのでここでは述べないでおく.続きが気になった方は漫画を買うか、アニメをご覧になると良い.

 ここまでで私は広瀬康一の「罪」とアダムの「罪」が同列のような言い方をしているが、これはその通りで、本質的には同じだということである.罪が存在するようになる「質的飛躍」において、その「罪の程度=罪性」は「量的」でしかない.それはキルケゴールと同時代の神学者フリードリヒ・シュライエルマッハー先輩の言わんとする「原罪論:罪の普遍性の根拠」に基づいている.先にネタバレをしておくと、キルケゴールの考えでは「おれがアダムで、アダムがおれで」もしくは「全人類アダム(イヴ)説」のような感じである.

 「てめぇはまだわけわかんねぇことを書くつもりか」

と怒られそうなので、今回はここまでとしておこう.「おれがアダムで、アダムがおれで」とは何のことかについては次回の記事で説明を試みたい.できれば、過去三回の記事の総括を一度行い、それから三章、四章、五章の説明へと順を追って行きたいと思っている.

 ここまでありがとうございました.

アダムの不安

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伝承

 こんな話が知られているらしい.

 主なる神は人であるアダムを創造し、助け手となる女性をも造った.アダムは女性をイヴと名付けた.二人はエデンという園で暮らしていたそうな.以下はその続きである.


一. さて主なる神が造られた野の⽣き物のうちで、蛇が最も狡猾であった.蛇は⼥に⾔った、「園にあるどの⽊からも取って⾷べるなと、本当に神が⾔われたのですか、マジですか」
二.⼥は蛇に⾔った、「そうなんです.私たちは園の⽊の実を⾷べることは許されていますが、
三. ただ園の中央にある⽊の実については、これを取って⾷べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は⾔われました」
四.蛇は⼥に⾔った、「へぇ〜.そうなんですね.でもあなたがたは決して死ぬことはないでしょう.
五.それを⾷べると、あなたがたの⽬が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」
六.⼥がその⽊を⾒ると、それは⾷べるに良く、⽬には美しく、賢く、インスタ映えには好ましいと思われたから、その実を取って⾷べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も⾷べた.
七.すると、二人の⽬が開け、⾃分たちがスッポンポンであることがわかったので、無花果の葉をつづり合わせて、腰に巻いた.これがはっぱ隊の起源である.
八.彼らは、⽇の涼しい⾵の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる⾳を聞いた.そこで、⼈とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の⽊の間に⾝を隠した.
九.主なる神は⼈に呼びかけて⾔われた、「あなたはどこにいるのかな」
十. 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる⾳を聞き、私はスッポンポンだったので、恐れて⾝を隠したのです」
一一. 神は⾔われた、「あなたがスッポンポンであるのを、誰が知らせたのか.⾷べるなと、命じておいた⽊から、あなたは取って⾷べちゃったのか」
一二. ⼈は答えた、「私と⼀緒にしてくださったあの⼥が、⽊から取ってくれたので、私は⾷べちゃいました」
一三.そこで主なる神は⼥に⾔われた、「ありゃりゃ~.あなたは、なんということをしたのです」⼥は答えた、「蛇が私をだましたのです.それで私は⾷べました、だから私は悪くないです」
一四. 主なる神は蛇に⾔われた、「おまえは、この事をしたので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最も呪われる.おまえは腹で這い歩き、⼀⽣、塵を⾷べるであろう.
一五.私は恨みをおく、お前と⼥との間に、お前のすえと⼥のすえとの間に.彼はお前のかしらを砕き、お前は彼の踵を砕くであろう」(蛇は塵以外にも色々食べるゾ)
一六. 次に⼥に⾔われた、「私はあなたの産みの苦しみを⼤いに増す.あなたは苦しんで⼦を産む.それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろう」
一七. 更に⼈に⾔われた、「あなたが妻の⾔葉を聞いて、⾷べるなと、私が命じた⽊から取って⾷べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは⼀⽣、苦しんで地から⾷物を取る.
一八.地はあなたのために、茨と薊とを⽣じ、あなたは野の草を⾷べるであろう.
一九.あなたは顔に汗してパンを⾷べ、ついに⼟に帰る、あなたは⼟から取られたのだから.あなたは、塵だから、塵に帰る」
廿.さて、⼈はその妻の名をイヴと名づけた.彼⼥がすべて⽣きた者の⺟だからである.
二一. 主なる神は⼈とその妻とのために⽪の着物を造って、彼らに着せられた.
二二.主なる神は⾔われた、「⾒よ、⼈は我々の一人のようになり、善悪を知るものとなった。彼は⼿を伸べ、命の⽊からも取って⾷べ、永久に⽣きるかも知れない」
二三.そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、⼈が造られたその⼟を耕させられた.
二四.神は⼈を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎の剣とを置いて、命の⽊の道を守らせられた.

創世記 第三章、日本聖書協会より 1955年 一部改変

 これは旧約聖書の「創世記」の一部を抜粋したものになる.クルアーンにも同じことが書いてある.色々と突っ込みたいところはある.こんな話をどこかで見聞きした人もいるのではないだろうか.私もどこかで知ったような気がするが、忘れてしまった.私は聖書教会から出ている訳文を見るのは初めてである.なぜこんな神話を冒頭に載せたのかというと、どうやらこの伝承、様々な人々が古くから興味を持って論じるテーマ「原罪Original Sin」だからである.特に「『食うな』と神から言われた果実を、蛇に唆されて食ったイヴとアダムが楽園から追い出された」という堕罪の話が哲学者や神学者の関心を惹きつけてきた.特に有名なのは、元ユダヤ教徒で改宗した使徒パウロ兄貴、アウグスティヌスという北アフリカ出身の元マニ教徒のおっさん、そしてカルタゴ出身の教父、テルトゥリアヌスくん、ブリテン島出身の神学者であるペラギウスおじさん.時は進んで、ギリシア正教会やカトリック教会、プロテスタント教会の懲りない面々.キルケゴールはそういった人々の神学上の主張を紹介する.

 パウロ、アウグスティヌスと続く原罪論は「アダムの堕罪によって、人間は普遍的な罪性をもつ」という解釈に基づいている.普遍性の根拠に、アダム以降の子孫は性交によって罪が遺伝・連鎖するという一部生物学的な考えが混ざっている.プロテスタントはパウロやアウグスティヌスの考えを概ね踏襲しているようである.(プロテスタントにも諸派があり教理が厳密には異なることを断っておく)以下、著名人の文献を紹介する.

 ひとりの人(アダム)によって、罪がこの世に入り、また罪によって死が入ってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類に入り込んだのである.

「ローマ信徒への手紙」パウロ

 教父アウグスティヌスによる原罪の中心は以下にある.

 神は全く善い人間を創った.ところが人間(アダム)は、自らの責めによって堕落し、それに対して神によって厳しく罰せられて、堕落した.そして罰せられた子孫を産んだ.

「神の国」アウグスティヌス、五世紀ごろ

 ルターやカルヴァンらに代表されるプロテスタントの教義でも原罪を次のように解釈している.

 アダムの堕罪以降、生まれる人間は全て罪のうちに孕まれ、生まれる.すなわち、全ての人間は、その母親の胎内にいたときから、悪しき欲望と傾向に満ちており、神への真の畏れと真の信仰を生まれながらに持つことはできないのである.さらにこの生まれつきの原罪は、真に罪であり、洗礼と聖霊によって生まれ変わることのない全ての人に対して、神の永遠の怒りを宣告する.

「アウクスブルク信仰告白」1530年

 私はキリスト教徒ではない.よって教義の深奥まで理解することはできないだろうが、生まれた時から「お前は罪深い存在だゾ」と決まってしまっているのは、どうも解せない感じがする.ちなみにペラギウスおじさんは原罪を否定し、人間の自由意志を尊重する立場を取り、神の恩寵は必要ないという説を唱えた人物であった.そこで教父アウグスティヌスと論争となり、418年カルタゴ会議で「異端でしょ」と排斥された.さらに431年エフェソス公会議でも「やっぱり異端でしょ」と退けられたようである.惨め.ペラギウスは謎の失踪を遂げる.

 だがやはり、この普遍的な罪性、というものには陥穽があるようだ.もし全ての人類が生まれながらにして罪深いのであるのなら、個々人の罪は無いだろうと考える.

俺が生まれつきワルだっていうのなら、今から俺が無銭飲食しても構わねーよな?ぶっ殺しても罪は変わらねぇんだよな?立ち小便してもいいんだよな?プールの中でおしっこしてもいいんだよな?そういうことだろ?

という変な輩が出てしまう.これでは倫理が壊れる.さらに、恩寵に対する個々人の主体的努力も不要、個々の努力を励行するものが否定されてしまう.「悪いことしてないのに、罪深いのなら頑張る気なくすわぁ」

 よって神学者らは原罪における罪の普遍性と個人性をいかに両立させるか、に相当苦心したようである.そしてもう一つの問題は、原罪とは人間の本性なのだろうか、という疑問でもある.もし罪を創造したのが神であれば、人間の責任性は回避されてしまう.「おれのせいじゃないゾ!『神は全く善い人間を創った』ってアウグスティヌスが言ってたゾ!罪が『善い』わけがないゾ」

 罪が本性に付随するもの、プラグインや拡張パーツのようなものとして付着するのであれば、罪の根源性はなくなってしまうし、ナザレの大工の息子(キリスト)が十字架を担いで丘まで登って、磔にされて、槍で突かれて死んだことが無駄になってしまう.「グエーッ、無駄死にしたンゴ」

 こうした課題を先に述べておくとして、次に「不安」について述べることとする.

不安というめまい

 前置きが長くなった.今回の記事は前回の続きである.キルケゴールの「不安の概念」における重要なテーマ「原罪」を扱いつつ、「不安」を考えていく.父親から異常なほど厳格にキリスト教を叩き込まれたキルケゴールは、度重なる家族の死に対して、「恐ろしい憂愁の重圧」のもと、「不安」を抱えるようになっていったと述懐している.彼の著作にも緒論でこのように記されている.「不安」を理解するには「罪」の理解が必要であると考えたようである.キルケゴールが罪性をどのように考えているかも気になるところである.

 本書の課題とするところは、原罪についての教義をたえず念頭におき(in mente)、かつ眼前に彷彿とさせながら、「不安」の概念を心理学的に取り扱うことにある.それはたとえ口に出さなくとも、「罪」の概念を問題にしないわけにはいかない.

「不安の概念」緒論 1844年 村上恭一訳

 アダムとその伴侶イヴは善悪を知る木の実を食べることを神によって禁じられていたが、蛇に唆されて神意に背き、エデンの園を追放される羽目になったらしい.トホホ〜.キルケゴールは「なぜアダム(とイヴ)は神意に背いたのか」と考える.堕罪に至る以前のアダムは、無垢であり無知であったはずだと.そもそもアダムは神意を理解するほど知恵があったわけではない.故に無垢で無知なアダムが責ある者に転落する(罪を犯す)ことになるとは、どういうことだろうか.(以下イヴの存在は省略する)

 キルケゴールは次のように考える.「不安」が無垢なアダムの心を捉えたのではないか、アダムは「不安」になったのではないか、と.「善悪を知る木から木の実を取って食べてはならない」という神からの言葉をアダムは無知故に理解することができなかった.この時点でアダムは善悪を知らない.神による禁止がアダムを不安がらせた.禁断がアダムの内なる自由を目覚めさせた、とキルケゴールは考えたようである.「神は『取って食うな』というが、よくわかんねぇけど取ろうと思えば取って食えるじゃないか」という自由の可能性をアダムに示唆したのだろう.不安は自由でもある.人間は精神であり、精神の本質は自由である.自由とは可能性である.

 「不安の概念」第二章でキルケゴールは「不安は、例えて言えば『めまい』のようなものである」と述べている.この言葉はよく引かれる一節として有名である.次に続く.「仮にある人がふと自分の眼で大口を開いた深淵を覗き込んだとすると、その人はめまいを覚えるであろう.ところで、その原因はいったいどこにあるだろうか.それは深淵にもあるといえるし、また当人の眼のうちにあるともいえる.というのも、彼が深淵を凝視することさえしなかったら、めまいを起こすことはなかったろうからである.これと同じようなわけで、不安は自由のめまいなのである」

 めまい、という言葉を医学的に考えず、眼がクラクラして尻込みするような、倒れそうになることだと考えると良い.底が見えないほど深い崖っぷちを覗き込むと誰でも足がすくむはずである.この視点から無限の底までの空間的距離こそが不安であり、かつ自由なのであるとキルケゴールは言っている.不安は自由と紙一重でもあるということだと.

不安と恐怖

 故に不安は恐怖とは異なる.恐怖には対象があるが、不安は対象を欠く.「あのさぁ……崖っぷちを見下ろしたら怖いに決まってるやん!恐怖やん!」とお叱りを受けるかもしれない.一見正しいようではあるが、落ち着いていただきたい.深淵というのは、無限遠の暗黒である.視線の先には対象は定まっていない.人が深淵を見て恐怖を抱くとすれば、「深淵に落ちてしまったら」、「底まで落ちて身体を打って、大怪我をしたら、死んでしまったら」ということだろう.この世の中に深淵と似たような深い裂け目があるにはあるだろうが、経験できる人はおそらく真夜中のダムの巡回をする人や、夜の登頂をする大胆な登山家、停電になったスーパーカミオカンデの点検をする人、鍾乳洞や洞窟のツアーガイド、観光地化されていない遺跡や史跡の調査にあたる学者や土木工事の業者くらいしか思いつかない.他にも「暗闇を覗き込む」に近い状況は存在するが、要するに、現実には「底がある」のである.ということは対象が存在する.それらは水底であったり、針山であったり、コンクリート床であったりする.これ以上想像はしたくないが.

 恐怖とは、ある対象に怯えることである.そして不安には恐怖する対象を欠く.では「対象なき恐怖」という言い方が適当かと言えば、そうではないとキルケゴールは言う.対象がなくなれば恐怖という心理現象は消失する.人が不安になるのは「何もないこと=虚無(Nihil)」に対してでしかない.次の例えを挙げれば、ある程度皆さんも得心してくださるのではないだろうか.

 精神疾患の中に「恐怖症」がある.「広場恐怖」「視線恐怖」「不潔恐怖」「対人恐怖」「色目恐怖」といったものがある.実際に私達の生活に息づく恐怖である.これらは文字通り恐怖の対象があるが「不安」の諸現象について言うと、「予期不安」、「全般性不安障碍」というものがある.こちらは対象が限定されておらず、未確定の事象である.何も対象が定まっていないからこそ不安になる.こうした名称は不安と恐怖を区別する際に明瞭になると思うし、精神医学もやはり(*途中までは)哲学の系譜を歩んでいるような安心した気持ちになる.私達は何の支えもない中途半端な状態にあること自体に不安を覚える.換言すると、人間存在の構造が何の支えもなく揺るがされていることが、不安の原因である、とも言える.

*「おいおい、『社交不安障碍』があるだろう」というご指摘に対して私なりの弁明をしておくと、「社交不安障碍」はもともと「社会恐怖」という名称であったようである.DSM-IV以降にPhobia(恐怖症)からAnxiety Disorder(不安障碍)に変わってしまった.残念ながらこのあたりの歴史的変遷は私にはよくわからない.不安や恐怖の腑分けができていないように思えるのは私だけではないと思うが……どうなのだろう.ところどころ精神医学にはこうした脆さがあるように思う.神経生理学的な立場での不安と恐怖の位置づけも全く異なる.ただ、名称は変わってもその疾患概念は変わっていないらしい.簡単に考えれば「社会的場面に対して恐怖する」現象といえる.実存主義に基づく考え方であれば、従来の「恐怖」の方が適切のように思う.とはいっても私はこれ以上ゴニョゴニョ言うつもりもない.ゴニョゴニョ.

  ここまで、キルケゴールによる「不安」の説明を創世記の伝承を交えて試みた.罪について過去の神学者の立場を紹介し、罪性をどのように取り扱うかという学者らの懸念に触れた.続いて話題を変えて、アダムが禁断の果実を口にしたのは「アダムが無知故に不安だったからではないか」という彼の考えを提示した.さらに「不安とは自由のめまいのようなものである」という彼の比喩を紹介し、恐怖との違いを述べた.以上を紹介するのに6000字を超えてしまったので、続きは後日投稿したいと思っている.次回の主題は「いかにして罪というものが措定されたか、不安との関係はいかなるものか」といったものになりそうである.

 読んでくださりありがとうございました.

 

不安に駆られて

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診察室で

 私が面接をする、とある患者さんはいつも決まって過去形を使う.

「こんにちは.〇〇さん.お元気ですか」

「元気でした

「何か心配なことや気がかりなことはありませんか」

「ありませんでした

 他の質問にも過去の時制で回答をするのだ.この事態が私にとっては非常に理解が難しい現象のように思えている.不思議な気持ちでいつも面接をしている.

 なぜ「元気でした」と過去形の表現なのか.なぜ過去形でしか答えてくれないのか.それが全くわからない.私は診療録に「症例の陳述に時制の不一致を認める」と書いたことがあるが、だから何なのか、それ以外何を記述すべきか、何を考えたらいいか悩んでいる状態である.いわゆる静的了解でも発生的了解の範疇ではないだろう.この方は少なくとも私と時間空間の体験様式が異なる可能性がある.ヤスパース的に言えば、了解不能なのだろうか.そして了解不能となれば、背後に病理が潜んでいることになる.どのような病理か.

 恐らく手がかりとなるのは精神病理学であったり、哲学だとか人文学なのかなぁ、という考えに基づいて、私は複数の本を読んでいる.斜め読み、というわけではないが、義経の八艘飛びのように一つの本から別の本へとあちらこちら飛び移っている始末だ.人には様々な読書の癖があるだろう.どうやら私は一度にいろんな本を読む傾向にある.これを注意散漫とか転導性の問題というのかもしれない.わからないところに当たれば、別の本に当たって了解を得ようとする方法が性に合う.今この記事を書いているとき、私はセーレン・キルケゴールの「不安の概念」、マルティン・ハイデガーの「存在と時間」を読んでいる.どちらもうんざりするほど難しくて辛くて面白い.炭酸の青汁をありがたく飲んでいるような気持ちだ.

 そして何より、彼らは「実存」を扱う哲人であり「不安」を解明しようとし「時間」について論じた人物で共通している.きっと、上述した症例の言辞を理解する一助になるのではないか、と私は期待を寄せている.

不安とは

 さて、私は以前の記事で、「不安」や「うつ」がわからない、と述べたのだった.「うつ」に関しては「メランコリー」を取り上げてみたが、これで綺麗サッパリわかりました、というわけにはいかない.表層的な話しかしていないのだから.こちらはひとまず保留にするとして、私は「不安」という現象ないし心理的状態についても大きな関心を寄せている.なぜ関心があるのか、といえば私自身の職務上の要請にある.私自身がある程度、不安という概念について通じていない以上、面接を要する人々の「不安」に対して一定の助言を行うことが果てしなく難しいと感じたからである.

 こちらも別の記事で取り上げ、生理学的な立場とフロイトの古典的立場で「不安」を紹介したが、未だによくわからずにいる.そこでキルケゴールの「不安の概念」という本を読んでみることにしたわけだ.そして現象学という興味深い学問に足を踏み入れた私は、フッサールを継承し、より深化させたハイデガーの実存主義の考え方に惹かれるようになった.奇しくもキルケゴールは実存主義の代表的な人物であるし、精神病理学の嚆矢、カール・ヤスパースも医師兼実存主義哲学者の一人だ.私の思い込みにせよ、奇妙な引力が働いているような心持ちがする.私の思想はようやく二十世紀の大陸哲学に差し掛かってきた.

 

 まずはいつもの「精神症候学」を開いて「不安」を調べると、次のようにある.掻い摘んで記そう.

 不安anxietyは、対処不決定の漠然とした恐れの感情で、一般に対象のある恐怖に対して、対象を欠くものを指す.十三世紀のトマス・アクィナスは予測できない恐怖をアゴニアagoniaと呼んだ.フランス語ではリトレによると延髄的・身体的な苦悶angoisseと皮質・精神的な不安anxiétéを使い分けるという.後者のanxiétéもしくはラテン語のanxiusが十六世紀初期には英語のanxietyに訳された.正常な不安としては、生きている限り避けることのできない病や死への恐れ、生活、経済上の諸々の不安があり、原不安Urangst、現実不安Realangst、被造物の不安Angst der Kreaturなどという.キルケゴールによれば、物事や価値を知り、分別をもつと、むしろ不安も増える.これを客観的不安という.ゴールドスタインは、破局状況におかれた生体の主観的経験を不安と呼んだ.

 病的な不安とは、刺激が主体の内部で歪曲・肥大化されるために、客観的な危険に比して不釣り合いに強く反復してあらわれる不安のこと.その処理に神経症的防衛機制を要するので、神経症性不安ともいう.正常な不安との差が量的か質的かについては議論が多い.予期不安とは、未来を先取りして恐れる空想的な不安で、将来起きてほしくないことが起こるのではないかとする.

精神症候学 第二版およびOxford English Dictionaryから引用

 要するに、不安というのは対象なき恐れ、ということらしい.しかし、少し考えてみると「明日のプレゼン、うまくいくか不安なんです」というときは、もちろん対象が定まっている.よって対象なき恐れという語義に反してしまうように思われる.そこで、よくよく考えながら、大辞林を参照すると、以下のように書いてある.

①気がかりなこと.心配なこと.これから起こる事態に対する恐れから、気持ちが落ち着かないこと.また、そのさま.

②(哲学)人間存在の根底にある虚無からくる危機的気分.原因や対象がわからない点で恐れと異なる.実存主義など現代哲学の主要概念.

③(心理学)漠とした恐れの感情.動悸、発汗などの身体的兆候を伴うことが多い.

大辞林 第四版

 生理学的な立場で不安を考えてみると、不安は「闘争か逃走」の反応の一つであり、不安症の中核的な要素は「恐怖」「憂い」であるという.(ストール精神薬理学エセンシャルズ第四版)もう少し詳しい話は以前の記事にある.

 正直言って、学問の立場によってこんなにも割れるとは思わなかった.特に恐怖をどのように位置づけるかが異なるようである.恐怖の腑分けが異なる、とでも呼ぶべきか.さて、「不安」をどのように考えたものか.

 二つの書籍について

 光文社古典新訳文庫から出ている「存在と時間」の訳本は中山元氏によるものだが、膨大な注釈と解説がついているにも関わらず、いきなりアタックするのは苦痛を伴うことがわかった.(八巻まであるし……)訳の巧拙がどうこうではなくて、純粋にクッソ難しいのである.しかし、この著作が出された経緯や背景だとかを知れば、ある程度気楽に読める気がしてくる.事実、経緯を知ることは極めて重要であった.「存在と時間」がアリストテレス哲学と、当時最先端の哲学である現象学を融合させたものであることを知らずして著作の意義を理解できそうにないと思う.ハイデガー以前に「存在論」を扱ったのはアリストテレスが最後であり、その間、全く人々は「存在の意味を問うこと」をしなかった、と斬り捨てる彼のキレキレ具合には脱帽であった.この論文の入門書・解説書を読んで、私は漸く彼の代表作である「存在と時間」は未完であることや教授昇進のために提出された突貫工事的論文であり、出版までに紆余曲折のある作品であったことを知ったのだった.ちなみに入門書、というのは講談社現代新書から出ている「ハイデガー『存在と時間』入門」のことで、著者の轟孝夫氏はハイデガー一筋三十年の哲学者である.

 「なぁ〜んだ、未完なのか、マルティンおじさんも色々あったんだネ」と思うと、巨大な哲人として立ちはだかるハイデガーも急に人間くさくなってくるし、伝統的な西洋哲学における「存在」の先入観を捨てて「真の存在」を解明しようとする三七歳、マジ気合入ってるっすね、と称賛を贈りたくなる.

 他方、キルケゴールの著作「不安の概念」は1844年に書かれたものだが、1927年の「存在と時間」から随分前の作品である.彼の作品も残念ながら難解だ.いきなり訳本に当たると、それはそれで面白いのだが、「質的飛躍」などの彼独自の術語が使われてしまうと、解釈が大変になってしまう.よって入門書を探してみたが、パッと見てもどうもなさそうである.そして、彼のロジックはキリスト教の教義学や倫理学などの学問を織り交ぜたものになっているため、事前知識として他にも仕入れる必要がありそうである.なんだか哲学の迷宮に入り込んでいるような、いないような.少なくとも創世記のアダムとイブの原罪は、よく理解しておく必要がありそうだ.これはもちろん神話なのであるが、多くの人が挙ってこの神話を取り上げるのは、宗教的な意義だけでなく、ある種、アダムを人類のプロトタイプとして考えたときの思考実験として捉えると興味深いからかもしれない.ただの気の所為かもしれない.

本記事の最終的なねらい

 この記事を大々的に書いた理由は実はもう一つある.安永浩の「ファントム空間論」に関する連載が途中となっているのだが、今の知識では理解が不十分であるという直感から、連載を保留にしている.できればなるべく早く投稿したいと思いつつも、なかなか知識を仕入れる作業に時間がかかってしまい、うまくまとめきれていない.そこでまずは先に紹介した著書を足がかりに、「不安」に関する小連載を行ってから、改めて「ファントム空間論」を完成させたいと思っている.何のためか、と言われれば無論、自身のためである.このブログを投稿する、という作業を通じて(精錬できるかどうかは兎も角)自分の思考を整理して、職務上の必要に還元したいと企んでいるわけである.とは言っても、結局はブログなのだから、こうして偶然目に留めてくださった方にも、お裾分けして、冷やかすなり、面白がるなりして、何かしら感じ取っていただければ良いなと考えている次第である.

 ところどころ雑記を載せつつ、まずは「不安」の構造について自分なりに理解に努めるべく、新連載を開始する予定である.よろしくお願いします.

 

 

枇杷の木

Loquats and a Mountain Bird, by an anonymous Chinese artist of the Southern Song Dynasty (1127–1279).

  勤務先の病院には居心地の良い中庭があって、そこには背の高い枇杷の木がゆさゆさと揺れている.枇杷の木だとわかったのは小ぶりの橙の実が地面にいくつも落ちているからで、多くは鳥や虫が食べたあとがついていた.回診を終えて中庭を歩くと、涼しい夜風が病棟の隙間の空間を通り抜けて気持ちが良い.こういうときは考え事が捗る.夜皆が寝静まったときには集中力が自然と高まるのを感じる.降り続く雨が屋根を打つ音、湿ったコンクリートの匂い、軋む古い当直室.

 そんな夜にふと、とある症例のことを考えた.

 「わたしは、悪いことはなにもしていません.コロナの犯人なんかじゃありません.キムラタクヤさんがそうやってわたしのことを犯罪者だとか、悪いものにしたてるんです.キムラタクヤさんはお金持ちで有名だからいろんな人に言いふらして、悪いもの扱いするんです.わたしはこうやってがんばってやっているのに、みんなが悪いって言うんです.がんばってるのに、よくならないんです.さっきも○○さんがわたしのせいにしようとしてたんです.わたしは悪くないんです.犯罪もしていません.人殺しも、万引も、いやらしいこともしていません.仕事もせずただ精神科で入院しているだけの……わたしのこと精神病だって言うんです.悪いもの扱いするんです」

 実際の症例に基づいて大幅な改変をしていることを断っておく.よってこの人物は実際に存在しないが、複数の症例を混在させた一人格として話を進めてみたい.この人は常に自分が危害を受けているという確信でいっぱいであるように見える.キムラタクヤ、ときおりフクヤママサハルといった人物が自身の悪評を流している、という空前の状況にあり当人は困惑している.自分は無関係であるのに、コロナウィルス拡散の汚名を着せられて、あらゆる犯罪の冤罪を被っていると感じてしまっている.この架空症例の病歴において犯罪行為・素行不良はない.一般的な家庭で生育し、定型発達のちに青年期にて、とある疾病に罹患したとする.頭部およびその他の器質的病因は指摘されていない.考えられる診断は想像の通りであろう.

 この人物との面接では常に自己不全感、空虚感を顕にする内容が主となる.会話からは被害妄想が推察される.なぜ妄想だといえるのか.それは本人を除く周囲の支援者、医療者が収集した情報によれば、本人の述べる被害内容はまったく事実無根であることが明らかであることが根拠になりうるか.誰もコロナウィルスを発生させた犯人だなどとよもや思いもしないだろう.他方、本人は確信の水準でそれらを物語っていることにある.確信であるからこそ訂正はできない.

 フランスの精神科医、ピエール・ジャネは自分の不全、空虚、強制などの感覚を、他人に客観外在化(Objectivation)することによって被害妄想が生じると考えた人物である.それは人間の社会活動が、つねに命令と服従を基礎にした能動と受動を、自他が互いのなかに表象しながら行うことによるからだ、と記している.保崎秀夫という医師は、おのれを見失った主体が自他の対立関係を明瞭化させておのれを見出そうとする努力が被害妄想をつくるのではないか、としている.

 「妄想の臨床」というグレートな書物がある.新興医学出版社というところから出ている妙な本で、妄想についてその筋の大家が寄稿している珍しい本だ.その中で、以前紹介した「精神症候学」の著者、濱田秀伯という医師がルサンチマンと妄想について大変興味深い記述をしている.

  被害妄想は何の前触れもなく生じるわけではない.統合失調症ないし妄想性障碍の患者には、被害妄想が現れる前に、自分には価値がない、他人に迷惑をかけていると訴える微小妄想、罪業妄想を抱く無力性の段階がある.他人と比較して低い自己評価に苦しむ患者は、ルサンチマンを用いて内面の価値を転倒させ、「わたしは悪くない」、本当は他人から迷惑をかけられていると確信する被害妄想へ転じるのではないか、と濱田は述べる.

 主体は被害妄想を抱くことで、責任を他者(それが実在しようとしまいと)に転嫁し、自責を軽くすることができる.患者が病識を欠くのは、価値の転倒を自らに気づかせてはその目的を達成できないからだ、という論理である.

 この仮説は私にとって非常に得心のいくものであり、上記の症例が語る「わたしは悪くない」という徹底した主張の背後には、自己不全感、無力感が根底にあるのではないか、自身が精神疾患という病魔によって、長期入院を余儀なくされ、行動の自由も制限されている強制力と服従が強力な自己評価の低さを顕にするのではないか.本人も気づかぬ恨み、怨恨、反感といったルサンチマンがいつしか醸成され、内面の価値を転倒させることになるのではないだろうか、と考えてしまう.その際生じる他者は、主体にとって関係のある人物であれば、そうでない全く無縁の他者であることもしばしばである.この「他者」の設定には本人の生活史と思考障碍の程度が影響するのだろうと思う.

 これをもう少し整理してみよう.

  1. わたしは、病気で仕事もできず迷惑をかけている、わたしは何も社会に貢献できない無力な人間だ.わたしは自分を責める.(微小妄想、解釈妄想)
  2. わたしは、「キムラタクヤ」や「みんな」から迷惑をかけられている.わたしこそが被害者なんだ.(被害妄想)
  3. わたしには、自分の権利を守り、「キムラタクヤ」を責める正当な理由がある.「みんな」が悪いんだ.

 このように考えてみると、一部の妄想形成にはルサンチマンが関わっているようにも思われる.これを見出した学者らは実に卓見だと言わざるを得ない.こうした説明ができるのは精神病理学の真髄だと思う.そしてそのようなロジックが仮に真なのであれば、上記の陳述をした人に向けて行うべき精神療法はやはり支持的精神療法なのではないかと率直に思う.自尊心を高め、自我機能を維持することを目的として、非合理的な思考に陥っていることをさり気なく気づかせていくことが重要なのだろうと思う.

 精神疾患の一部は価値秩序の惑乱であり、妄想というのは主体がそれを病的な方法で転倒させてしまうことで自らの内的安定を図る自助努力である、と濱田は結ぶ.至言であろう.ならば、その自助努力を病的でない方法で修正できるように導くことが医療の務めなのだろうと考える.やはり医療人が患者を治すのではなくて、我々は、主体が自ら治すきっかけを手伝うに過ぎない存在なのだと、しみじみ思う.根気よく、辛抱づよく続けていくことが大事なのだろう.

 木から木の実が落ちるのを見て世紀の大発見をした人もいるようだが、少なくとも凡庸な私は、いくら枇杷の木を眺めても、自分のわずかな経験を追想して先人の知恵を重ね合わせることしかできない.そうであったとしても私が関与できる人に対して能う限りの時間と才能を注ぐための良い心象風景になればそれでいいと心から思った次第である.

 

ルサンチマン

  

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離脱症状という邪悪さ

罵詈雑言

 処方薬の薬の離脱症状で気分が悪い.吐き気がする.これは邪悪だ.脳に分厚い鉄板を押し付けられている.ぎゅうぎゅうに圧をかけられて「くたばれ」と言われている.だからくたばっている.飲み忘れたのは自分が悪いのだ.それがいけないのは知っている.私は夜勤明けで疲れていた.だがこの仕打はひどすぎる.私だって多分人間だ.間違いは犯す.あらゆる光が眩しい.すべての感覚が不愉快だ.自分がこの感覚を覚えていることが嫌になる.この五感が自分の身体に基づく知覚だと思うと自分自身が心底不愉快だ.このような肉体にした、このような目に合わせた奴らが憎たらしくて、憎たらしくて、心底嫌悪する.軽蔑する.反吐が出る.吐き気がする.この苦しみは知る人以外絶対に味わうことはできない.味わったことのあるものしか感じ得ない苦痛だ.難民の気持ちは難民になってみないとわからないというのは本当にそのとおりで、ビョーキの苦しみというのは、ビョーキにならないとわからない.だがこんな苦しみ、わかりたくなかった!!難民だって、事件の被害者だって、コロナウィルスの罹患者だって、絶対になりたくなかったに決まっている.俺が地獄に行く時は必ず関係者を全員地獄に引きずり込んでやると、自分に誓っている.ちなみに自分が地獄に行くのは確定している.すでに特等席も用意してある.

価値が転倒する

 ある日、私は懊悩とした気分で過ごしていた.間違いなくこの時は神経伝達物質の嵐が起きていて、激烈な感情が私を狂わせ、憎しみをほとばしらせ、怒りに身を窶し、彼らを呪った.これはあとから気づいたが、ルサンチマン(ressentiment)に似ている.私は弱者であり、他者は強者である.ルサンチマンは弱者が強者に抱く、価値を転倒させた感情だ.怨恨、反感、逆恨みという言葉が対応する.ドイツの哲学者マックス・シェーラー(Max Scheler)という男は1913年から1916年に「倫理学における形式主義と実質的価値倫理学」において知性や意志に対する感情 ・情緒の優位性を主張した.彼は現象学の志向性の概念によって、志向感受(Intentionalität)とそうでない感情状態(Gefühlzustände)を区別したという.前者は四段階に分けられるとされ、彼の考え方は、クルト・シュナイダー(Kurt Schneider)により精神病理学に取り入れられた.シェーラーはイマヌエル・カントの形式主義倫理学とフリードリヒ・ニーチェ、アンリ・ベルグソンらの哲学を統合し、感情が知的作用に先行する実質的かつアプリオリな情緒的価値倫理学というものを構想したという.私達が世界と接点をもつのは、知的認識ではなくて、何かしらの価値を感受することによるとのことだ.

 先に述べた志向感受は「①感覚感受」「②生命感受」「③心的感受」「④霊的感受」の順番で高次となるようで、この序列は、価値の序列とも対応しているという.①は快・不快、愉快・不愉快といった、感覚に伴っておこる低次元の感情であり、②は健康、生命、病気、老化、生死といった個人や共同体の幸福に関わる価値と位置づける.③は人間の日常生活に伴う感情で、悲しみ、喜び、怒り、苦しみ、羞恥のように自我全体に広がり、自分自身に直接結びつくとともに、世界を志向し、他者との共同感情や愛を育む感情を指す.美醜の美的価値、正不正の法的価値などの哲学的価値などを含む.④の霊的感受とは、絶望、至福、憧憬、帰依などの特定の対象を持たない高次な感情だ.最上位の価値は超越的、神聖なもの、絶対的な存在に対する価値のことだ.価値の序列は持続するほど、分割されにくいほど、基礎に置かれるほど高くなる.高いほど満足が深く、相対的なものから絶対的なものへ向かう.これら価値の序列は予め決まっているとして、シェーラーはアプリオリな普遍的妥当性をもつことを主張している.

 どうやら、より高い価値を実現する意志が善であり、より低い価値を選ぶ意志は悪であるという.つまり、肉体的快楽、束の間の快楽、小顔メイクをしてインスタ映えを狙うのは悪だという.ときには肉体的快楽を犠牲にして、健康や幸福を求めることは必要である.家系ラーメンを控えて、低糖質の食事を食べるのは大切だ.さらに、時には社会的な幸福も、より高い真理、正義のために失うこともいとわない.玄奘三蔵や空海、最澄、ゴータマ・シッダールタは典型だろう.ということは人間は本質的に、より高い価値を求めて生きようとする存在である.そして時代の要請や状況に応じて、価値の優先順序を変えて、新しい価値を発見する存在でもある、とシェーラーはまとめる.

 さて、ルサンチマンは価値の転倒、である.ニーチェが「道徳の系譜」で取り上げたものらしい.彼によれば、良質(gut)とは強者、高貴な人々が自らに与えた評価であり、その対局は劣悪(schlecht)とされてきた.弱者は強者を憎悪する.現実にはその上下関係を逆転できない.よって強者を悪い(böse)、弱者を良い「gut」と互いの価値を転倒させ、報復しない無力さを善良とし、臆病な卑劣を謙虚として、憎む相手への服従を恭順へすりかえた、という論理である.うーん、今のご時世にある「上級国民」という言葉はルサンチマンを感じる代表格だなぁ.

 これに続いて、さきほどのシェーラーは上記のニーチェに少し批判を加え、「道徳の構造におけるルサンチマン」においてルサンチマンを「魂の自家中毒」「愛の秩序の惑乱現象」としている.ルサンチマンは他者の行為への反感、存在への反感であるが私達は、ただちに手出しできない状況にあるために、これを心のなかに押し込めようとする.これはフロイトのいう無意識の抑圧、という防衛機制であり、どうしても変えられない世界の秩序を内面で価値を転倒させることで自らを騙し、倒錯した復讐を遂げる対処行動ないし自助努力ともいえる、という.

妄想とルサンチマン

 ある学者たちはルサンチマンと妄想というのはとても関連がありそうだ、ということを考えた.妄想というのは、簡単にいうと自己と関連した、誤った確信、である.ということは妄想はすべて関係妄想でもある.妄想という現象が生じる精神疾患のなかに、統合失調症がある.妄想は多くは侵襲的で、被害を与えるものである.被害妄想というのは自分が危害を加えられていると確信するものだ.なぜ、妄想というのはそんなテーマなのだろうか.なぜ「あなたは本当にすてきですね」「お前は実に立派なやつだ、誇らしいよ」と褒めるような妄想がないのか、こうした疑問ははるか昔からあるように思うが、いくつかの解釈があるようだ.どのような説があるかは、次でお話したいと思う.

 

On Melancholy Hill

 気分障碍の歴史

Melancholia, Lucas Cranach der Ältere

 前の記事で、私は「うつ」がよくわからない、と述べた.自身の勉強のためにも、様々な書物を平積みにして少しずつ調べることにした.結果、わからないところも新たに増えた一方で、非常に興味深く理解をすることができたように思う.とはいいつつ今回お話するのは、かなり表層的なところになるので難しくはない.病理の話はそんなにしない.

 うつ、抑うつ(Depression)とは、内因性疾患としてのうつ病と、状態像ないし、症候群としての抑うつ状態の両方を指す.「ぼくはなんだか憂鬱なんです」、というのは状態像であり、「あの症例は『うつ』だと考えられます」は疾患を指す.ややこしいのは名詞と補語が混在しているからだろう.以下は弘文堂の「精神症候学:第二版」からの部分引用になる.この書籍は8200円する大変高価な書籍だが、その値打ち以上の価値がある.ありとあらゆる精神現象が解説されている.今っぽくいうと、マジでやばい.濱田秀伯という学者が著した本だが、西丸四方の「精神医学入門」並の意義がある.この二冊は傑出している.西丸四方の本には貴重な写真が掲載されている、というのも見事である.読み物としても面白い.

 まず日本語での「うつ」について触れてみると、「うつ」という言葉はそもそも「鬱蒼とした密林」の「鬱」であり、これは香草をぎゅうぎゅうに容器に入れて発酵させた、という会意文字らしい.キビヤックのような閉塞感は感じられるが、どちらかといえば、「憂鬱」の「憂」が本質を当てているように思う.角川古語辞典を参照すると、「憂ふ(うれふ)」には、①嘆き悲しみを人に訴える;「からい目を見さぶらいひて.誰にかは憂へ申し侍らむ」(枕草子)(ひどい目にあいまして.どなたに訴え申し上げましょうか)②心を悩ます.思いわずらう;「期する所なきものは、憂へながら止まり居り」(方丈記)「将来に望みのないものは、思い煩いながらとどまっている」③病気で苦しむ.わずらう;「昔は身の病を憂へき、今は人の病を癒やしぬ」(今昔物語)「昔は自身の病気で苦しんだ.今は人の病気を治している」というものがある.これ以上の資料が手元にないが、少なくとも十二世紀までには「憂ふ」という言葉が完成し広まっていたと考えていいだろう.それ以前がどうなっていたかはわからないが、中国医学に由来する用語があっただろうし、それなりの学識があったに違いない.余談だが、紀元前200年頃の文献「黄帝内経」の癲狂篇にはうつ状態、躁状態と思われる症状記載があるという.

 さて、内因うつ病は誘引のない生物学的発症をし、精神運動制止が強く、体重減少や早朝覚醒、症状の日内変動を伴うという.精神病性うつ病もこれと同義だが、幻覚・妄想、錯乱を伴う重症例に用いることがあると思う.アメリカ精神医学会の編纂したDSM-3以降では内因性うつ病を大うつ病(Major depressive disorder)と呼んでいる.では小うつ病があるかといえば、ない.いい加減である.軽度うつ病(Mild Depression)という言い方はあるようだが、なんだかタバコの銘柄みたいだ.中国ではうつ病を抑郁症、台湾では憂鬱症というらしい.

 内因性うつ病にうつ病相のみを繰り返す単極うつ病、躁のみあるいは躁うつ二つの病相を併せ持つ、双極うつ病・双極感情障碍という区別をしたのは、レオンハルトという人物が初めてで、それは1959年のことだという.以来、アングスト、ペリスらが多数例の調査から単極性・双極性の区別を確立した.双極うつ病を、躁病相を伴うⅠ型と軽躁を伴うII型に区分する見方は、ダナーの1970年の発表以来であり、後者はDSM-4以降、双極II型障碍として独立項となった.1983年発表のアキスカルという人の概念からは双極II型障碍、気分変調症、気分循環症などを連続体(スペクトラム)と見ることもある.さて、たくさんの人名が出てきて「これはブラウザバックだなァ」と辟易する人がいるかもしれないが全く気にしなくていい.音楽好きが「カート・コバーンが……、キース・リチャードが……、ポール・マッカトニーが……」と言うのと同じ次元にある.

 キールホルツは1971年の発表で、うつ病を身体因、心因、内因の三つに分け、内因を身体因と心因の間に位置づけたが、一般的にはこれを基準にして考えることが多いようだ.つまり、脳卒中のあとに抑うつをきたした場合は身体因を考えるし、軍隊に入って、厳しい教練を機に抑うつをきたせば心因を考える.ではそれ以外何も思い当たらない、いやはやわからないぞ、という場合に内因性を考える、という具合だ.すごく曖昧だから気にしなくていい.日本では1975年に発表された病前性格、発病状況、病像、治療への反応、経過を踏まえた六型に分けた、笠原・木村分類が知られている.これは、みすず書房の「うつ病臨床のエッセンス」に詳しい.良い本だ.参考までに分類をあげておくと、メランコリー性格型うつ病、循環型うつ病、葛藤反応型うつ病、偽循環病型分裂病、悲哀反応、その他にわかれる.ちなみに現在では積極的に用いられていない.メランコリー新和型が生き残っているくらいか.ではメランコリーとはなんであろうか、ということになる.

Melancholia I, Albrecht Dürer

 メランコリー(Melancholie)は抑うつ、うつ病の別名、というのが歴史的経緯を加味して考えると妥当だろう.古代ギリシアのmelancholia、μελαγχολίαから来ている.これは黒胆汁(black bile)のことであり、黒胆汁が鬱滞して症状が起こる、という体液説に基づいている.心配と悲しみの続く患者は黒い胆汁を「ぐぉお’’え’’ぇ~~~!!」と吐いたらしく、そういう人は黒胆汁ともたらす思考と感情の病気にあると考えられた(それどころではないはず).現代の認識で言うと、正常な胆汁の色は黄褐色である.ビリルビン結石ならば真っ黒な色だが、口から出ることは無い.そして胆汁の異常な色は緑や混濁したものになる.今の時代に黒いものを吐いた人がいた場合は、イカスミパスタを食べ過ぎたため…ではなくて、凝固した血液成分が混ざったものを吐いた可能性が考えられるから、医療機関への相談がよさそうだ.

 黒い色、というのは胆汁だけではなく、気分そのものを表象するようになった.おフランスでメランコリーという言葉が用いられたのは十二世紀らしいが、憂鬱をさす表現に、idees noires, broyer du noir, ドイツではSchwarz sehen, イタリアではvedere tutto neroなどがある.青も憂鬱を代表する色で「マリッジブルー」「マタニティブルー」「ブルーマンデー」はよく知られているし、音楽ジャンルの「Blues」はまさに憂いを歌っている.そしてメランコリー(Melancholie)と青い花であるオダマキ(Ancolie)の語呂合わせは詩の定番であったようだ.邦楽のポップスでも「メランコリニスタ」という曲があるし、冒頭の歌詞は「メランコリニスタ 静かなハイで眠れない」という絶妙なセンスである.

 メランコリーという言葉は次第に多義性を帯びる.悲しみだけでなく、あらゆる情熱の過剰と同義語となり、この延長としてピネルという医師の文脈では、一徹な考えに支配された部分精神病を意味し、クレペリンのいうメランコリーは、退行期うつ病の別名となり、コタール症候群や緊張病に発展する妄想性障碍の一種を示した.ややこしいのは有名なフロイトおじさんが、喪失体験の悲哀・憂いをメランコリーと呼んでいることだ.これはややこしい.なぜややこしいのかといえば、シュナイダーというおっさんによる区別のためだ.シュナイダーというのは統合失調症における一級症状というのを提案した人で有名である.メランコリーというのはこれまで述べたテクストでいう内因性のうつに相当する言葉で、原因不明なのに気持ちが晴れ晴れしない状態をいう.一方、1917年にフロイトが行ったのは、愛や依存を喪失する体験に伴う感情をメランコリーと呼んだことであった.気にしないで次へ進もう.

 では現代ではメランコリーはどのように扱うのか.多義性を帯びつつある現代のメランコリーは定義が難しいので、DSM-5の診断基準にも記載(メランコリアの特徴を伴う)がある「メランコリー親和型」を述べておこう.

 テレンバッハ(1961)や下田(1932)という人らは「うつ」になりやすい性格、とうのがあるのではないかと考えた人で、こういう人らは力動的にうつ病になると論じ、執着性性格、メランコリー型(Typus Melancholicus)という気質を挙げた.凝り性、苦労性、律儀、実直な人、秩序志向で良心的な性格が代表的で、この傾向が破綻する主体環境事情即ち状況におかれると、うつ病に至ると考えたのであった.先程述べた笠原・木村分類に出てきたメランコリー性格型うつ病は、下田・テレンバッハの文脈を踏襲している.これは結構説得的で、いまでも一般に流布するうつ病のイメージ像に近いように思う.テレンバッハの指摘したのは、こうした人は「秩序愛」が大きな特徴だ、と述べたことであった.背後には「他者との円満な関係の維持」が中核にあり、その具体的表現は、人と争わない、人と衝突しそうになるときは自分が引く、いやといえない、義理人情、慣習、挨拶を大切にする、などである.彼らは発病以前はなんら内的葛藤を経験しておらず、場合によっては過剰適応といえるくらいの「いい子ちゃん」であるという.仕事などには精力的で凝り性なエネルギーは、発病時には臨床像的には軽躁的、躁的に見えるくらいになる(躁的防衛).発病状況に関してまとめると、転勤・昇進・転職、結婚、転居、負傷、負担の増加、出産、愛するもの・財産の喪失が挙げられるそうで、多くは多重的に起こるという.一般のうつ病は一つの理由で起こるのではないことがわかる.あなたの周りにこのような人はいませんか.

 他方、「マニー」という言葉がある.Moneyのことではなくて、Manie, Maniaのことである.日本でも、何かに熱中して造詣が深いことを「マニア」というだろう.今ではオタクという言い方をするのかな.オタクもだいぶ民主化してきたように思う.「マニアックな言い方をすると……」という言い方も耳にするかもしれない.これは厳密には躁病の病相のことをいう.気分高揚と意欲増進を主徴とする状態像で、観念奔逸、誇大妄想、刺激性、転導性、抑制消失、逸脱行為を伴う.難しい言葉が並ぶがとりあえず保留しておく.マニーという言葉も古代ギリシアに由来するようで、mania, μανιαはヒポクラテス以前から慢性に経過する発熱のない精神の乱れ、隔離を要する激しい興奮状態をさしたらしい.濱田によればフランス語には十四世紀末に登場するが、十七世紀初頭からは乱暴で奇異な行動に導く、理に合わない極端な考えという意味も併せ持つようになったという.

 Areteo di Cappadocia

 さてさて、マニーとメランコリーの関連を考えてみると、どうやら「カッパドキアのアレタイオス」という人まで遡るようだ.彼は紀元後二世紀ごろの人物で、現在のトルコにあるカッパドキアの市民であったらしく、かつてはローマ帝国の属州であった.広くはギリシア人という理解で良いようだ.この人は精神に限らず様々な症状に関する考察を残しており、糖尿病やセリアック病、喘息、てんかん、肝臓悪性腫瘍に対する記述があるようである.すごいね!十七世紀のウィリス、十九世紀のホーンバウムという人は一人の患者に長短さまざまな周期で悲哀と爽快が交代する、という例を報告している.精神医学においてマニーとメランコリーが一つの疾患体系に組み入れられたのは1854年のファルレーという人物の発表が始まりで、循環狂気と名付けられていたが、バイアルジェという人は重複精神病という言い方をした.同時期に、カールバウムというおじさんが気分循環症として同様の病態を記載した.1899年にクレペリンが躁うつ病という概念を確立してからは、この呼名が現在も残っている.病院に残っている古いカルテを見ると、MDIという略語があるが、これはドイツ語でいう躁うつ病、Manisch-Depressives Irreseinの略であり、ドイツ医学の名残が感じられる.とはいっても今どきMDIという人はほとんどいないように思うから知っても仕方がない.断っておくと、現在は双極性障碍という言い方がベターだ.

 この双極性障碍という名称は1980年のDSM-3からで、これまでは統合失調症と双璧をなす精神疾患の一つとしての躁うつ病から変貌を遂げ、感情調整の障碍の症候群として位置づけられた.上述したように、DSM-4では双極性障碍はI型とII型に分けられているが、このII型という分類はかなり曖昧な枠付であり、おそらく医師の間でもII型の診断には議論が生じるであろう.I型とII型がどのように異なるかはここでは触れないでおく.少なくとも積極的に診断を下すような病名ではないと思う.現在はDSM-5が学会、臨床、法学で多く用いられているが、行政の基準はWHOの策定したICD-10である.すでにICD-11というものがバージョンアップして存在しているが、いまだにICD-10なのだ.DSM-5では双極性障碍の分類はI型、II型に分類されているのに対し、古いICD-10では分類されておらず、双極性障碍はひとくくりとなっている.行政の書類と言えば、診断書はもちろん、非自発的入院の届け出、障碍年金や障碍手帳などであるが、臨床の名称と行政での名称が異なるのは大変な不都合である.最後の方は私のただの愚痴だ.

というわけで

 こうして振り返ると実に多くの人が登場し、闊達に学説を唱えてきたように思う.紀元前から中世、近代までは大きく進歩したわけではなかったが、近代からの学問の発達が凄まじいように感じる.特にフランス・ドイツのブーストが著しいが、私のぼんやりとした感想を言えば、哲学や思想の発展が大きく関与していると思う.それだけではなく、合理主義や科学技術の進歩が宗教性・魔術性、体液説を退けたことも大きいだろう.そこで一つ私が気になっているのは、中東世界における精神医学の歩みである.古代ギリシアの学問が中東に輸入され、以来、イスラム世界はそれをユナニ医学(ギリシアの医学)として発展させたようである.確かにイスハーク・イブン・イムラン、アリー・アル・アッバース・アル・マジュスィらがメランコリーの概念をコンスタンティヌス・アフリカヌスを経て西洋に広めた功績は目覚ましいし、イブン・シーナーのような人物は十一世紀に「医学典範」を著し、この医学が十九世紀まで実践されたというのだから、なかなかあっぱれなのであるが、「本当にそんなものなのか??」という疑問が生じてしまっている.つまり、イスラム世界はずっとガレノスの体液説を信じ続けてきた、というのはにわかには信じがたい、というのが私の率直な感想である.彼らには彼らなりのロジックがあったのではないか?今で言う精神病理学があったのではないか、という気がしているのだ.狂気は悪霊ジンが取り憑いているからだ、という説明では私は満足しない.彼らには彼らの知られざる叡智があるのではないかと私は勝手に期待している.私達がアクセスできる文献で知ることができるのは、西欧と我が国の医学史がほとんどで中東やアフリカはかなり少ないように思う.インドのアーユルヴェーダももちろん気になる.だがインド世界は一度保留しておこう.ではどうするのか、と言われれば自分で調べるしかあるまい.まぁ、ひらがなとカタカナと数千文字の漢字の音訓を覚え、複雑な格助詞の使い方をマスターした我々日本人にとって、正則アラビア語はなんとかなりそうだ、という前向きな気持ちで捉えておこう.アラビア文字はたった28文字しかないのだから.まずはコツコツと地固をして、準備をしておくことにする.

 最後に

 最近はうつ病にも様々なタイプが提唱されている.アキスカル、内海らのSoft Bipolor、非定型うつ病(DSM)、現代型うつ病(松浪)、未熟型うつ病(阿部)、職場結合型うつ病(加藤)、ディスチミア新和型うつ病(樽味、神庭)など.様々な知見が増えていき、議論が活発になるのは良い.だがこれだけあるとなんだかよくわからなくなってくる.いや、ぶっちゃけよくわからない.うつ病百花繚乱にもほどがある.

 だが世界に70億人以上人間がいれば、それだけ呈する気分の波も異なって当然だ.性格や気質は人それぞれだ.似た所もあれば、似てないところもある.あなたの体にコードされている遺伝情報、一塩基がほんの少し違うだけで発病しやすさや、抗うつ薬の反応性も予後も異なるであろうことは、現代の医学が教えてくれている.だから、百年前にすでにうつ病になりやすい性格や気質を試論したテレンバッハや下田らは実に見事であるように思う.ともかく皆さんはメランコリーについてなんとなくわかっていただけただろうか.ここまでお疲れ様でした.ありがとうございました.

 

 

 

もう一年

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 分け入っても分け入っても

 このブログを開設してもうすぐ一年になる.読んでくださっている方、いつもありがとうございます.今後ともご贔屓いただければ幸いである.二年目の目標は特にないので、これまで通り淡々と書いていくことにする.変に気負ってしまうのはだめだ.

 一応、数字で振り返りをすると一年間で7065 PV(ページビュー;記事閲覧数)、 1626人が訪れたらしい.そのうちデスクトップPCユーザーは52.8% モバイルは41.8%、タブレットは5.4%であった(2021年6月2日現在).このサイトの閲覧はデスクトップPCがオススメである.ダークモードで色調を反転させるとなお良いと思う.だらだらしながら鼻をほじったり、背中を掻いたり、眼をこすりながら貧乏ゆすりをして読むとさらに良い.ブログとはそんなもので良い.89%の人が日本からのアクセスで、それ以外は国外からの閲覧であった.物好きにもほどがある.いつもありがとうございます.米領サモアやアゼルバイジャンからのアクセスがあったのは興味深い.上の数値が他のブログと比べてどうなのか、私は全く興味がないのでこれ以上の分析はしない.

 最も多く読まれた記事は「症例アンネ・ラウ」であった.この記事の底となったのはブランケンブルクによる「自明性の喪失」であるが、私にとっても革命的な著作であり、猛烈な感興を得ただけに望外の喜びとなった.実臨床においても、私は統合失調症という疾患群に「自明性と非自明性と弁証法的関係の破綻」という病理を再認識できたのであった.

 私は今までの一度も「あぁ、今回は良い記事が書けたナァ」と感慨に耽ることはなくて、「今度もうまくいかなかったナァ」という気持ちで投稿をする.一つの記事は自分なりに相当下調べをして、何度も何時間も文章を推敲しているはずなのであるが、一つとして「満足する文章」にはなった試しがない.投稿してからまもなく誤字脱字を発見するのは一種のジンクスであり、悲しみである.ともあれ、このブログを読んでいる人がどんな素性の方かさっぱりわからないので、各人がどのような感想を抱いておられるか率直に訊いてみたいところである.私にとって満足いかないものであっても、少なからず誰かを飽きさせないのであれば、筆者冥利に尽きるほかない.

 このようなインターネット記事の書き方については、多くの先達ブロガーの方法論が役に立った.まずブログを書くには「誰の、どんな問題を解決するか」という目標を設定することが重要であるらしい.界隈ではこの人称設定をなぜか「ペルソナ」と呼ぶ.これについてはかなり悩んだのだが、さんざん考えた結果、「私自身の、世界に深く根ざしている精神現象、ひいては精神病理の問題を理解すること」ということに行き着いた.いや、行き着いてしまった.私は、広く遍くすべての(日本語を解する)人々のためになるような記事を目指して書いていたつもりが、やはり、結局は自分自身のために書いていたことに気づいた.これは過去の記事「告白」に詳しい.大乗仏教を目指す僧侶が上座部仏教へ転向するような不思議な現象である.ペルソナは私なのであった.衆生救済はもちろん大切なのだが、一方で自身を研ぎ澄ますことが畢竟大切なのであって、この一種の投影とも言える心理的な動きをきちんと受容しつつ、自身の病理と対峙したいと思う.ユング的に言えば、シャドウとの対決とも言えるのかもしれない.

 ブログの広告収入(Google AdSense)に少し言及する.Googleの規約では収益の金額を詳細に述べてはいけないらしい.「株式会社やおきん」の「うまい棒」で例えることにすると、現時点で一般的な浴槽に「うまい棒」数百本以上が入るくらいになった.これではよくわからない、という方は近所のスーパーマーケットに行って、バラ売りの「うまい棒」の単価を調べていただければ金額の見積もりができるだろう.金銭収入を狙ったブログではないのでこれ以上は触れない.

 話を戻すと、精神病理学の問題とはなんだろうか、という問が次に出てくると思う.これは人によって意見が割れるだろうが、私なりの問題を提示すれば、例えば「不安」とはなんだろうか、だとか、「うつ病」とはなんだろうか、という疑問を深堀りすることにある.別の言い方をすると、より解像度を上げるとか、微分する、ということになるのかもしれない.簡単に言えば、もっとよく考えてみたい、ということになる.別に高尚なことをしているわけではない.私にとって生き延びるためには必要なのである.

「お前さぁ、そういう仕事してるんだったらさぁ、『不安』だとか『うつ』を知らないはずがないだろう」

 と誰か偉い先生からお叱りを受けそうではあるが、種田山頭火の言葉を借りれば、精神病理学は「分け入っても分け入っても青い山」であり、知ろうとすればするほどわからなくなる.これは他の学問の求道者でも同じことが言えるだろう.特に精神病理の山は鬱蒼としている.実に「うつ」というのは説明が難しい.私が実際に体験してしまったにも関わらず、である.哀哉.

 たとえ話を考えてみる.「精神医学」という途方も無い山中の道程に分かれ道があったとしよう.どれを選ぼうかと考えてガイドブックを読むと「メランコリの嚆矢、テレンバッハは左を選んだということになっている」、「力動論のヤンツァーリクは右を選んだらしい」、「笠原・木村分類で知られる木村はまっすぐ行ったとされる」、「精神分析家のラカンによれば、一度下山してからやや左向きに進路を取り、更に右に90度向いてから100メートルまっすぐ歩いていったとかそうでないとか……」 

 とにかく私の知らないような学派・学説がゴニョゴニョ存在し、グネグネ枝分かれしていて、よくわからないことになっている.この難解さをどのように形容すべきか.

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出來る
道は僕のふみしだいて來た足あとだ
だから
道の最端にいつでも僕は立つてゐる
何といふ曲りくねり
迷ひまよつた道だらう

高村光太郎、「美の廃墟」より「道程」、一部抜粋、1914年

 道は自分で切り拓くしか無い.しかし登りきった山からの眺望は格別である.一度でも山に登ったことのある人はわかっていただけると思う.ちなみに高村光太郎の「道程」は102行の詩も見事なのでぜひ全文を読んでいただきたい.

知らないことを知らないと言う

 国内外で知名度の高い人が精神疾患を公表する、という事象があると一定の人々はそれなりに無邪気な好奇心と関心を寄せつつ、彼らの関心領域をより広げようとする.病名を公表する、という行動が当人の自由意志に基づくのであればそれは大変勇敢なことであり、公表に至るまで葛藤と逡巡が交錯し緊張に苛まれる日々が続いたであろうと思う.この選択と決断が当事者の事態好転の契機となることを願っている.

 そのことに関して、妻とも議論をしたのだが二人で懸念していることがある.精神科医や産業医、心療内科を標榜する医師・専門家がメディアの取材に応じ、精神疾患について解説を行う場合だ.その専門家が有名人の罹患しているとされる人の疾患について説明する.特に問題なさそうではあるが、一つの陥穽があるように思う.その解説者が有名人の診察を行った人で無い限り、その人について語ることはできないはずである.あくまでも教科書的な概論しか言えないはずだ.その人がどんなに高名な専門家であろうと、その人は当人の一体何を知っているのだろうか、という疑問が生じる.付言すれば、診療に関わった人であれば、当人の守秘義務が生じるため、どの道語ることはできないはずだ.「この人のうつ病は現代人のうつだと思いますねぇ」という発言は全く根拠がない.ただの感想でしかない.その無関係な人物の無責任な発言が流言飛語となってしまうことがあれば、それは災害級の暴力性を持ちかねない.という私の文章もただの感想なのであるから、自己耽溺に陥る可能性は承知している.「語り得ないものには沈黙せねばならない」、ある人の言葉が胸を打つ.

 特に、精神現象を定量する術を知らぬ我々は、人々の病理を症候の観察と記述でしか表現できないのであるから、人が放つ一つひとつの言葉の重みは計り知れない.その計り知れない重さの重みを慮ることのできない人は、私に言わせれば卑劣漢か無能でしかない.知る由のないことは語るべきではない.まずは自身の器量が許す限り、諮問を求める人に自身の能力を注ぐべきだと考えている.一定の影響力を行使する人間はその力の射程を十分に検討しなければならないと、切に思う.

信頼できる先生はいますか

 私が以前の職場にいた頃、医局のボスが臨床実習へ来た医学生への講義で「ぜひ生涯で信頼できる精神科医と知り合いになってください」と言っていたのを盗み聞きしたことが印象に残っている.つまりは「あなた方学生が将来、内科や外科の医者になるとしても、精神科の問題は避けて通れない.だから気軽に相談できて、適切な助言をくれる精神科医と知己になっておくと良いですよ」ということだ.これを聞いた精神科側の自分としては自然と背筋が伸びるような、自律心を鼓舞されるような感覚で、自分が信頼に資するかどうかは私自身のraison d’êtreに関わっているように思った.勝手に私は極めて重要な責務を感じたのであった.

 この言葉は、のちに私にとって別の意味で重要な課題となった.自身が患者として信頼できる精神科の医者を見つける、ということはすごく難しいことであった.一期一会、という言葉よりもより現代的で俗っぽく言えば、ガチャに近い.傷心の中、重い体を引きずってなんとかたどり着いた先の診察室で、信頼できる医師に出会うことができる人は幸運だ.精神科・心療内科クリニック群雄割拠の時代に、存在するすべての精神科医が適当な助言をしてくれるかと問われれば、それは保証し難い.私の根拠なき意見を言うと、その人がどんな大学を出たとか、どんな研究をしたかとか、どんな資格を持っているかは関係がないように思う.資格は持っているに越したことがないが、その人の人情humanityを担保しない.

 *ガチャ:オンラインゲームで導入されるマイクロトランザクション;課金サービスの一つでゲームに登場するアイテムが無作為で提供される抽選の通称.カプセルトイに由来する.

 では、幸運ではない人はそのまま信頼しがたい医師のもとで絶望せよ、というのかというと、そうではないと私は思う.毎回初診料を払うことは癪かもしれないが、条件がゆるせば思い切って主治医を変えてしまった方が良さそうだ.医者への不信感を増長させて新たな神経症を宿すよりも、転医して新しい助言を得たほうが良いかもしれない.するとドクターショッピングという汚名を着せられてしまうのではと恐れる気持ちが出てくる.それはとてもわかる.だがそのような内省が働くのであれば、あまり気にしない方が良い.そんな汚名は「着こなす」くらいのスタンスで良い.初診の度に担当医を変えろとも、別に100点満点の医者を見つけろということを言っているのではない.安心していただきたい.そんな奴は絶対にいない.

 期待∝重圧

 2022年4月から高校の保健体育で40年ぶりに精神疾患に対する項目が復活するらしい.確かに自分の頃は何も教わらなかったな、という気持ちでいる.一体どのようなことを教えるのか、ということについて、平成30年度にされた学習指導要領を閲覧すると、以下のようなことを学習の狙いにしている.

精神疾患の予防と回復
 精神疾患の予防と回復には,運動,食事,休養及び睡眠の調和のとれた生活
を実践するとともに,心身の不調に気付くことが重要であること。また,疾病
の早期発見及び社会的な対策が必要であること。

高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説

 具体的な疾患には、「うつ病,統合失調症,不安症,摂食障碍など」と、四つが挙げられている.個人的な感想を言えば、どれも教えるのは大変だろうな、と心から養護教諭や保健体育の教諭の労苦が偲ばれる.これらの原因ははっきりしていない、というのが厄介だ.

 こうした精神保健衛生の項目を教育することは歓迎される一方、教育側の重圧と負担はいかばかりかと邪推してしまう.彼らは彼らで慢性的な残業を強いられ、調和のとれた実践と心身の不調への気付きが困難なキャリアにいるのだから.労働環境という社会的な対策が急務であることは現場が一番わかっているはずだ.期待や応援したい気持ちはすごくあるのだが、矛盾した命題に挟まれている人々に向かって、外部の人間がヤンヤヤンヤいうのもためらわれるし、複雑な気持ちでいる.

今後とも宜しくお願いします

 さて、いつも通り好き勝手なことを色々書いてみたところで、ここで今回はおしまいにしたいと思う.ゆっくりとダラダラしながら、二年目を過ごすことにしたい.ここまで読んでくださりありがとうございました.

 

 

 

 

 

 

 

 

不確実性へ溶け込め

フロイトの家、ロンドンで

リルケに震える

 オープンダイアローグに関する書籍を読んでいると、「不確実性への耐性」という言葉が出てくる.これはオープンダイアローグのポリフォニーが紡ぐ、対話という「不確実性」に関連している.多人数によって響き合う音色がジャズセッションのように、どのような着地点にたどり着くかは誰にもわからない.何も決まらないのかもしれないし、重要なことが決まるかもしれない.思わぬ言葉が語られるかもしれなければ、期待通りの展開で終わるかもしれぬ.私達は究極的には全関係者の最大幸福を願っているのだけれど、そこでは治療というゴールを急がないし、焦ってはいけない.大事なことはいかに語りを途絶えさせないことかにかかっている.医療者はクライエントの意見を誘導してはいけないし、できるだけ中立であり続けなければならない.こうした不確実性に耐えることができるのは、この治療が安全だと感じられる場合だ.そして安全を感じるための「アリアドネの糸」は対話を続けることなのだ.

 「オープンダイアローグとは何か」の著者・訳者である斎藤環氏は日本にこの方法論を伝えた第一人者であるが、この「不確実性への耐性」という言葉を詩人リルケを引いて表現する.

 あなたはまだ本当にお若い.すべての物語のはじまる以前にいらっしゃるのですから、私はできるだけあなたにお願いしておきたいのです.あなたの心の中の未解決のものすべてに対して忍耐を持たれることを.そうして問い自身を、例えば閉ざされた部屋のように、あるいは非常に未知な言語で書物のように、愛されることを.今すぐ答えを捜さないでください.あなたはまたそれを自ら生きておいでにならないのだから、今与えられることはないのです.すべてを生きるということこそ、しかし大切なのです.今はあなたは問いを生きてください.そうすればあなたは次第に、それと気づくことなく、ある遥かな日に、答えの中に生きて行かれることになりましょう.

リルケ「若き詩人への手紙」、Briefe an einen Jungen Dichter, 1903 高安国世訳

 そう、私達は「すべての物事のはじまる以前にいる」のだ.今すぐ答えを捜すことはせずに、問いを生きろという.まったく正鵠を射た心持ちがする.これはオープンダイアローグに限らず、すべての事象に対して重要な言葉なのではないか.殊更、今の新興感染症の災厄の中においては.

 この文章はリルケからとある若手詩人に向けられたもので、上記は長い長い手紙のほんの一節に過ぎない.彼は一人の人間を念頭に手紙を書いているはずなのに、私だけでなく、多くの人の心を掴んでいるのはなぜだろうか.言葉を超えて、時を超えて感興をかきたてるのは、彼の言葉にある深い洞察と豊穣な感性に依るのだろう.

不安とどう取り合うか

 そもそも、私達が不確実性に対して生来耐性があるのかと考えてみると、それほどなさそうである.この不確実性という言葉は「不安感」に置き換えられるだろう、もちろん不安の感じやすさは個人差があるにせよ、全く不安のない人は絶対にいない.私達は性質上、未来という時制に投企する生き物である.そして医学というのは不安との戦いともいえる.医学は如何に不安と折衝するかに尽きるのではないか.胸が苦しくなるのはどうしてなのだろう、その後どうなるのだろう、この腫れ物はどうなるのだろう、熱はいつになったら下がるのだろう、どうしたら傷が治るのだろう、いつになれば退院できるのだろう.どちらの薬をどのくらいつかえばいいのだろう、血液検査や画像検査で調べても原因が見つからないのに体が震えるのはどうしてなのだろう.最後に、私達はいつ死ぬのだろうか、と.

 科学は不安に対する一つの方策だと言えそうだ.数学や統計学、疫学は世界の公衆衛生の発展に寄与したし、化学、物理学の進歩は言わずとも外科治療や薬理治療、救急医療に貢献したはずである.科学はそうした分野における様々な不安を解消してきた.だが、それで私達の不安は和らいだかと言われると、どうだろう?医療を受ける側も提供する側も不安は尽きないのではないか.これまでの医学において不安をどう理解してきたかを考えてみると、おそらく十九世紀近くまでは、体液病理説に基づく理解が支配的で、不安の解釈も体液(血液、粘液、胆汁、黒胆汁)の不均衡に由来すると考えられたはずで、精神疾患は超自然的な現象のしわざと理解する傾向が多かった.

 二十世紀の重要人物、フロイトの理論をおさらいしてみる.彼によれば、私達は原則、現実を無視して本能的に快楽を求めようとする性質があるという(エス、イド).他方、自我というのは苦痛や苦悩を体験する情動を無意識へ追いやることによって、心の安定を図ろうとする.これをフロイトは軍事用語にあやかって、防衛機制と呼んだ.人間は防衛機制を働かせることによって、苦悩を追い払い、心の安定を得て現実の世界に適応することができると考えた.しかし、快楽を得ようとする欲動(エス、イド)と、それを押し留めようとする力(超自我)の間で葛藤が生じると不安が生じる.この不安で自分自身が崩れてしまうことを防ぐべく、防衛機制が働くのだが、これが過剰に機能したり失調が起こると精神的な症状(失声、失立失歩、解離、転換など)が生じると考えたのである.これをフロイトは「神経症」と呼んだ.ノイローゼ、というのは神経症のドイツ語読みであり、今でも慣例的に使用されている.この神経症の治療方法が精神分析と呼ばれる.

 神経生理学的な立場で不安を考えてみると、不安は「闘争か逃走」の反応の一つであり、不安症の中核的な要素は「恐怖」「憂い」だとされる.うつ病の中核的要素が「抑うつ気分」と「興味の喪失」である点で対比されることに注意だ.不安の中核要素のうち、「恐怖」とは海馬近傍に存在するアーモンド型の脳中枢、扁桃体を中心とする神経回路により調節され、「憂い」は仮説上、皮質ー線条体ー視床ー皮質(Cortico-Striato-Thalamo-Cortical、CSTC)神経回路に関係するという.不安の基礎となるこれらの神経回路の調節には多くの神経伝達物質が関与している.なかでもγ-アミノ酪酸、通称GABAは不安における鍵となる神経伝達物質で、抗不安薬はこの神経伝達系に作用する.ほかにもセロトニン、ノルアドレナリン、α2σリガンドといったものが発見されている.恐怖の条件づけと恐怖の消去という相反する概念は、不安の症状形成と維持に関与しているとされる.これら仮説は認知行動療法という精神療法と、薬物療法を組み合わせる現代の治療法の基盤となっている.

 この半世紀近くで生理学・薬理学の研究は加速度的に進行したし、精神分析療法も小規模だが行われている.神経症の名前は身体表現性障碍や解離性障碍などに姿を変えて、フロイトの理論は現在も診断体系の重要な基礎である.こうした科学や理論の進歩は不安に対する理解や解釈を行うのに極めて有益ではあるものの、これらは不安を緩和し、消退させようとする方向にある.上記で述べた不安を神経症として扱えば、全人類神経症として、ソファの上で横になり、無意識を引き出す羽目になる.あるいは皆が全般性不安症と診断され、全人類ベンゾジアゼピン系薬剤のお世話になるとすれば、滑稽を通り越してディストピア感があふれる.これではいけない.葛藤を抽出して現実的なアプローチを行い、神経回路の調節を薬剤で行うのももちろん重要なことなのだが、今後不安と折衝するにあたって肝となるのはきっと、不確実性への耐性を高めることではないだろうか.不安に対する耐性(レジリエンス)を高めるような研究はこの四半世紀で始まったばかりだと思う.だが、オープンダイアローグの方法論は必ずや、レジリエンスの獲得に寄与するはずである.参加者全員が.

不安は不安を呼ぶ

 私事で恐縮だが、つい先日、私は二回目の新型コロナウィルスワクチン接種を受けることができた.本当に、本当に、ありがたい限りだ.とは言っても接種後の副反応は予想以上に辛いものであった.二回目の接種後に予定を入れることはおすすめできない.既知の報告で知られている副反応に、倦怠感や関節痛、発熱がある.私の体験に関していうと、発熱なしに強烈なだるさと悪寒、大関節の違和感が生じたのだった.接種後半日くらい経ってからか、本当に全く何もできなくなってしまったのは久々であった.うつ病でぶっ倒れたのとはまた違う.ほとんどの人が一日くらいで回復すると知っていたので希望は持てていたが、もし万が一このまま何もできずにいたらどうしよう、仕事が続けられなくなってしまったらどうしようかと不安になっていたし、この辛い症状を感じていた瞬間がものすごく長く感じられた.上記は私の肉体に関する憂慮であるが、世間ではもっと切迫した不安にかられているし、そんな私事を述べても「あっそ」と言われるのがオチである.今、感染症によりこの苦しみのさらに途方も無い大きさで苦しんでいる方々が毎日六千人くらい日本で報告されていて、一定の割合で命を落とす方がいると思うと、遺された家族や恋人、経営縮小を余儀なくされている業界人、日々全力を尽くす医療人の全身の苦悩は計り知れない.世界規模で捉えればさらに凄まじい数の不安が計上されることになる.

 このような事実を知るとさらに健康や行政、究極は未来に対する不安は増してゆく.報道はそんな私達の不安を反映しているように映る.前回の記事では、刺激を避けて、なるべく怒らず、期待せず、日々できることに注力するのが良さそうだ、といったことを書いた.その考えは変わってはいない.とはいっても不安は尽きない人も多いだろう.私自身、大いに不安を感じている.今、この時代に生きる多くの文明人は皆、昨今の技術革新と逆相関して「不確実性への耐性」が落ちてきているのだろうか、と半信半疑になったり、耐性が落ちやすい社会構造になっているような気もしている.ひょっとして私達は脆くなっているのか.それは私だけだろうか.2017年にWHOが発表している不安障碍人口が増えていることも関係があるのだろうか?

古きを訪ねて新しきを知る

 冒頭に立ち返ろう.私達はできるだけ、忍耐を持って、未解決の問題に対して今すぐ答えを捜そうとしないこと.これが大事だ.きっとリルケの言葉はこれまでも、これからも私達の一つの真理であり、光であるように思う.だから不安を感じて疑問を抱いたとしても、結論を急がないことにしよう.

 はるかはるか昔、伊邪那岐と伊邪那美の二柱が天の沼矛で地上の混沌をコネコネすることによって大八島、すなわち日本が生まれたわけだが、どういうわけか神々は我々に試練をお与えくださった.日本は地質学的性質から天災に見舞われやすい土地だ.地震・雷・火事・親父という災害で被災する人々にとって必要なことは、いかに人々に孤立感を味合わせないようにするかが第一に重要であったと、中井久夫は述べている.中井は日本精神医学の巨人であり、彼は阪神淡路大震災の際、被災地の精神科医療に大きく貢献されている.第二には体験の分かち合いが大切だという.被災地にせよ、避難所にせよ、人々が集って語り合うということに意義があるという.自分はどういう状態だったのか、こういう事態に巻き込まれて、こういう体験を味わった、という事実を縷々として話し、どのような気持ちになったかを語る.そして最後に、どのような結果になったのか、という事実を語る.事実ー感情ー事実という順序が良いようで、感情を開きっぱなしにせず、最後にしっかり現実に帰還することが大切なのだという.私達が今味わっているこの苦痛や不安、思い出したくないのに思い出してしまう映像・記憶、感情の高ぶりや麻痺は決して異常なことではなくて、人々が異常な状況において起こす一般的な反応なのだ、ということを共有できるといいという.

 おそらく震災に限らず、このパンデミックという厄災においても、誰かと語りを交えるというのはきっと大切な作業なのではないかと思う.同じ屋根の下で食事を摂る家族や友人・同棲相手がいれば、それでいい.オープンダイアローグの本を読むと、参加者が同じ場所・同じ空気感に居合わせるのが最善だ、ということは十分わかるのだが、そこまで構造的にやらなくてもいいと思うし、感染予防上どうしても難しいこともある.今の時代ならば、双方向性のグループチャットがある.LINE、ZoomやGoogle Meet、FaceTimeはよく知られた手段だ.顔をあわせなくてもTwitterSpaceやClubhouse、その他の音声配信サービスがある.同時空間性というわけにはいかないが、百年前からあるラジオはよくあるメディアだし、最近はAnchorやSpotifyのようにPodcastを個人でラジオ番組を配信できるサービスもあれば、ニコニコ生放送やYouTube Liveのように視聴者参加型のサービスがある.どのような媒体を用いて共有をするかは個人の都合に任せるとして、どんな形であれ、語りを共有できればいいと思う.巣ごもりをしていても、孤立化しないようにできることもあるはずだ.

 一応言っておくと、昨今のメディアに親和性の低い人々や何らかの事情によりメディアが使えない人がいることは重々承知している.注意すべきはこうした孤立化のリスクが高い方々が軽んじられ、疎まれる事態だろうと思う.地域の住民、民生委員や、行政・保健・福祉の方々の力なくして彼らの可視化は難しい.いつか何らかの形で機動的に、柔軟に、迅速に対応できる精神保健福祉ネットワークの構築に携われたらいいなと思うこの頃である.まずは私自身の健康を取り戻すところから始めよう.

 人は他者と意志の伝達がはかれる限りにおいてしか自分自身とも通じ合うことができない.それは他者と意志の伝達をはかるときと同じ手段によってしか自らとも通じ合えないということである.

 かれは、わたしがひとまず「他者」と呼ぶところのものを中継にして__自分自身に語りかけることを覚えたのだ.

 自分と自分との間をとりもつもの、それは「他者」である.

ヴァレリー「カイエ」Cahier, 1979 恒川邦夫訳

ありがとうございました.

 以下の書籍はとても素敵な内容になっています.ぜひ読んでみて下さい.