淡い期待

果報は寝て待つ

 先日、職場でCovid-19の予防接種を受けることができた.私のような業界の末端にいる人間が、ワクチンの恩恵に預かることができて嬉しく思っている.職場の方には感謝である.三角筋にチクッと針が刺さる感覚だけで、痛みはインフルエンザの予防接種となんら変わりはしなかった.早く接種が全国に広がって感染症から解き放たれたいものだ.堂々とマスクを外せる世の中になるといいと思う.連休を使ってとある講習会を受講する予定だったが、緊急事態宣言によってお流れになってしまった.残念.

 もしコロナウィルスが収束したら何をしようか.そういう空想をすることは自由だ.皆さんは何をするだろうか.私は第一に大きな本屋に行きたいなと思う.オンラインで気軽に購入できるのは良いことだが、試し読みができない.一冊の本を巡って、実際に手に取りもっと悩んで悩んで悩み抜いてから決めたい気持ちがある.あとは温泉、スーパー銭湯に行くことくらいだろうか.良い風呂に入って飯を食うのはうまい.外食にも行きたい.焼肉屋、そば屋、ラーメン屋、中華料理屋、東南アジア料理店.嗚呼、期待は膨らむ.冬にはスキーにも行けたらいい.山登りにも行っても良いかもしれない.国内だろうと国外だろうと旅行に行くのも気力とお金はかかるが、できるとしたら楽しみだ.果報は寝て待てというので、ほどほどに寝つつ、今だからこそできることをこっそりやっておくことにしたい.

オープンダイアローグへの期待

 「オープンダイアローグ」という精神科医療における方法論が注目を浴びている.数年前から言葉だけは耳にしていたが、最近まで全く知ることはなかった.精神病理学・病跡学を専門とする斎藤環氏は本邦にこの方法論の普及に貢献した方であるが、この治療法はここ数年で始まったものではないそうだ.1980年代にはフィンランドの西ラップランド地方はトルニオ市、ケロプダス病院で始められ、統合失調症を主とする精神疾患の症状緩和に大きな効果をもたらしているという.

 「オープンダイアローグ」は患者や家族から連絡をもらうと24時間以内にスタッフが訪問し、患者・家族・友人・医師・看護師・セラピストら、患者に関係するすべての人を集めて対話を行う治療法で、基本的に患者の自宅を訪問して行う.この対話は何度も繰り返される.繰り返していくごとに症状が緩和されていくのだそうだからなかなかにびっくりだ.対話の力を信じたい私としてはとても喜ばしい.この対話に集う人々は上下関係などなく、「医師の指導」という煙たい言葉は存在しない.今の診療でも皆平等だという建前はあるが、嫌なヒエラルキーは透けて見える.皆平服で望む.白衣を着ないのは個人的に良いことだ.今までの狭い診察室で患者ー治療者という構造「クローズドモノローグ」はなくなって、「オープン」になるのは実に画期的だと思う.

 この方法論によって必要な薬剤が減り、患者に対する拘束や隔離がかなり減るとされている.適応も統合失調症に限らない.人の基本的人権を超越せずに治療ができるのだからこんなに良いことはない.いいことばかりで聞こえが良すぎると胡散臭い気もするが、もちろん批判的な指摘はあるだろう.私自身、大いに興味をそそられている方法論であるので、勉強してみたいところである.いつかしっかりとご紹介できればいい.下記の書籍はオープンダイアローグを理解する助けになるのではないかと思う.「感じるオープンダイアローグ」は読んでいる途中なのだが、いい意味で期待を裏切られる.精神科医療の曇り空に薄明かりが差していくような、そんな気持ちになる本だ.

 最後に、斎藤氏の言葉を引用しておしまいにしておく.

オープンダイアローグの思想は、ポストモダンの思想に依拠した「人間」と「主体」の復権でもある.その根底には、個人の尊厳、権利、自由の尊重こそが治療的意義を持つという透徹した倫理性がある.

「臨床精神医学」第49巻第1号109頁2020年

 なんかかっこいい.

投稿者:

吾郎

2020年6月にブログ開設.生き延びるための様々な問題を精神病理学に基づいて取り扱っています!ぜひぜひ気軽に遊びに来て下さいね.Our articles include essay, translation, study about literature, psychiatry(psychopathology), humanities.