オパールの輝き

إن شاء إللّه

 ある日、私がいつも通り出勤前にカメたちのいる水槽を訪れて小話をしようと思い、中を覗き込もうとすると、見慣れぬ物体を認めた.白くてツヤツヤしているので、私は「あれ、丸石なんかあったっけな」と訝しんで水面に自分の顔を映した.そこには間抜けな顔をしたおっさんの顔はもとより、ひと仕事終えて疲れた様子の「吾郎ちゃん」と、その時だけはなぜか空気を読んで、吾郎ちゃんに求愛をしていない「三郎(a. k. a. さぶちゃん)」が寄り添っていて、水底にはツヤツヤした美しい卵が転がっていた.吾郎ちゃんはメスで、さぶちゃんはオスだ.

 私はすぐに妻を呼んで、現場確認を求めた.私が確か言ったのは、「卵!ある!ついに!産んだ!」だったと思う.二歳児でも言えるセリフを三十のおっさんが年甲斐もなくはしゃいで、妻とともに吾郎ちゃんが出産を終えた事実を確認し合った.中央に少し橙の帯が入っていて美しい.卵は三つ.どれも均等な大きさで大体3cmくらいだ.

 私は出勤するところであったから、妻に卵の対応をお願いした.帰宅したときには妻はいつも通りうまくやってくれていた.思い返すと産卵前までは、全然食欲がなかったことが気がかりであった.過去に食思不振のために病院へ診察を依頼したことがあったが、その時と少し似ていたように思う.水槽の底を掘り返すような動作を何度も何度も繰り返していて、フィルタの給水ポンプが星の数くらい外れた.吾郎ちゃんは凄まじいパワーを秘めている.六歳くらいの坊っちゃんが舐め腐って指を突っ込めば、たちまちガブリとご挨拶いただくだろう.内出血不可避.鋭い爪は皮膚に食い込んで痛い.私にも容赦しない.でもかわいい.ズドン!バァン!ドン!ダァン!!!と大きな音を立てて、必死に水底を漁ろうとしていたのはおそらく、産卵する場所を探していたのかもしれない.調べてみるとこの時期はクサガメの産卵の時期らしい.どうして吾郎ちゃんはスマホも持っていないのに、暦がわかるのだろうか.本当に頭がいいなぁ、吾郎ちゃんも立派になったなぁと感慨にふけり、自分の生命を削って卵を無事に産んだことを私達は嬉しく思う.いまではバクバクとドイツ製のテトラレプトミンを食べている.私たちが近づくとすぐに察知して食餌をねだるのがとにかく愛おしい.バシャバシャバシャ!!!

 それからと言うものの、みんなで卵の未来が気になっている.カメは単独でも産卵するのである.しかし、我が家にはさぶちゃんというバチェラー?がいる.果たしてさぶちゃんは交尾をしたのだろうか?さぶちゃんが我が家に来た時は、ひどい皮膚疾患のために薬浴をしたり、光線療法をしたり、精神療法や食餌療法を行うなど集学的治療を尽くすほど、万事休すに近い状態であった.今や立派になり、時折脱走を企てて家の壁に飾っているルノワールの「雨傘」の真下で飄々としている.そして水中では事あるごとに、吾郎ちゃんに向かって頭突きを行うのである.頭突きはどうやら愛の行動であるようだ.時折吾郎ちゃんに怒られるが、それでめげるほどさぶちゃんの本能はやわではない.

  晴れの日も雨の日も、仏滅も大安も赤口でも、緊急事態宣言下であっても、さぶちゃんは繰り返し、繰り返し、生殖のために頭突いた.しかし、我々はさぶちゃんが本格的に性交渉に成功したところを目撃できていない.目撃できていないからと言って、成功していないとは限らない.我々が閨で寝静まっている頃、伊邪那岐と伊邪那美がまぐわいを行ったように、生命の営みを成し遂げたかもしれないし、仕事や買い物ででかけている間、昼下がりの情事を行っていたかもしれぬ.とにかくどうであれ、我々はワクワクしている.もし、有精卵なのであれば、二ヶ月ほどで燦々と輝く命の煌めきがふかふかの土から出てくるに違いない.出てこないこともあるだろう.それはそれで致し方ない.どうなるかはすべてان شاء إللّه(if god wills)である.ワクワクできるということは良い.

 最近ワクワクできることはほとんどなかったが、時々このような出来事があると、心の鼓動が高らかに弾む.望外の喜びはなおさら嬉しい.皆さんもなにかワクワクすることが少しでもあればいいと思う.

投稿者:

吾郎

2020年6月にブログ開設.生き延びるための様々な問題を精神病理学に基づいて取り扱っています!ぜひぜひ気軽に遊びに来て下さいね.Our articles include essay, translation, study about literature, psychiatry(psychopathology), humanities.