英語学習についての個人的見解

楽しくやれたらいい

 自然科学において、最も根拠のある主張、すなわちエビデンスが高いものというのは、メタアナリシス研究に基づく結果だという.その下には無作為対照研究(Randomised Control Trial: RCT)がある.さらにさらに根拠の低い試験や研究があり、最も根拠のないものは、(実は)専門家の意見である.だから専門家の意見をあてにするな、とはいわないが、「自分で取捨選択せよ」ということになる.逆にメタアナリシスの結果で帰無仮説が棄却されたからといってその仮説が正しいわけではない.尤もらしいだけだ.こういった誤解は現代でも続いている.ちなみに私は自然科学の畑を出自に持つが、「尤もらしい」とかいう妙な曖昧さが好きでない.

 さて、私がこれから話すことは自然科学の領域ではない.そもそも自然科学と人文科学というのは境界不明瞭だからあまりそういう話をしても仕方がない.エジプトとリビアの間に南北の直線を引いたようなものだ.どちらかといえば人文科学の話をする.私は亀吾郎法律事務所の職員に過ぎず、英語の先生ではない.専門家でも無い.だから自然科学の序列に従えば、この話は最も信憑性がないことになってしまう.「自分から信頼度をさげるとはやはり愚か者め」とお思いの一部諸兄は、落ち着いていただきたい.この論理でいくとあらゆるYouTubeの投稿者が熱く持論を語る行為がすべて虚しくなってしまう.だがそうでは無いだろう.私は、個人的な経験を未来の他者と分有できるか、可能性に賭けてみたいだけだ.

私の話から

 私にとっての初の語学体験は、公文式の英語のときだったと記憶する.単なるCDプレーヤーから流れる英文を聞いて、適切な回答を記述するトレーニングを要請された.

 小学二年生か三年生だったか.「あぁ、今日も洒落臭えなぁ」と思って課題をこなしていたところ、全身を駆け巡る極彩色の電撃が一閃.次の英文を書いた.

The hill is high.

私は英文から並々ならぬ霊感を受けた.

「今、自分は文章を作ったぞ」

という猛烈な興奮.当時の自分にとっては第二文型などどうでもよかった.傍から見れば、「いつもぼーっとしている〇〇くんがなんだかニヤニヤしているな、大丈夫かな」くらいだ.しかし、私は独自に創造という営為を成し遂げた、ホモ・サピエンスを自称するに等しいくらいの感動と自負に満ちていた(後にホモ・サピエンスは撤回した).

 この感興は忘れがたい.私に「自分史」というものがあれば間違いなく、世紀の大事件だった.そこから私は狂ったようにCDプレーヤーを再生した.そして聞きすぎて幾つものプレーヤーを破壊した.

 中学一年生の頃にはちょうど、「生き残った魔法使いの少年」が大人気になりつつあるころだった.私は「賢者の石」を一晩で読み終えたが、生ビール中ジョッキ一つでは足りないおっさんのように物足りなかった.実に見事な翻訳だった.どうやら本国では次回作「秘密の部屋」が出ているらしい.私はウズウズした.

「そうか、原著を読めばよい」

 早速あの手この手で入手し、「Philosopher’s Stone」を読み始めた.一頁目から苦戦した.当時の自分には知らない語だらけだった.文法もよくわからない.一文、一文を辞書を引いて、引いて、引いて、引いて、引いて、引いて、引きまくった.辞書とは今でも良き友人だ.中学校では朝の十五分間に読書の時間があった.辞書と本を持ち込んで、辞書を引く作業を続けた.辞書を使い倒す習慣が始まったのはこの頃からだろう.現在辞書はほぼ電子化した.Macintoshのパソコンを使っている方は、「辞書」のアプリケーションをぜひ利用していただきたい.大変優れた名脇役だ.私がブログを書く時はこれが欠かせない.中国語、韓国語、ドイツ語、フランス語、スウェーデン語、ノルウェー語、イタリア語、ポルトガル語、アラビア語……類語辞典も一部あるのが良い.

 話を戻そう.第七巻の最終章にたどり着いたときは魂が震えたものだ.その時には大学生になっていたと思う.そこまで時間がかかったのは他にも本を読み始めたからだ.幼児のころに絵本で読んだ「ガリバー旅行記」がとてもとても面白く、原書で読んでみようか、と思い書店で買って読んだときの打ちのめされた感覚も忘れがたい.知っている方ならわかるが、初版が1726年だ.読めなくはないが、古めかしく知らない単語がこれまた並ぶ.私はスラスラ読んで、ガリバーとともにリリパット王国にたどり着き、彼が巨人として火事の宮殿に小便をかける場面を読みたいと思っていたのに、なかなかリリパットにたどり着かなかった.「ガリバー旅行記」は途中で諦めてしまった.受験勉強も差し迫ってきたという事情もあった.Johnathan Swift(ジョナサン・スウィフト)の作品に込めた真意を知るに私は青すぎた.

自分に合う参考書を選ぼう

 やはり、私にとって天啓であり革命とも言える出会いは原仙作の「英文標準問題精講」に尽きる.間違いなくRevelationでありRevolutionだった.今でもズタボロの雑巾のように大事に取っておいている.時々見返してはニヤニヤするし、英文を書く時の参考にする.ヘミングウェイ、ラッセル、エリオット、ウルフ、チャーチル、アインシュタイン、ニュートン、フィッツジェラルド、ミルン、オールビー、ミルトン.

 皆、私の心強い協力者である.故人だが.

 この本が私を受験勉強の苦しみから助けてくれたといっても良い.とはいえこの本は圧倒的に手強い.一般的な日本の大学入試のレベルを超えるだろう.だが、TOEICやTOEFLのひどくつまらない英文を読まされるよりは、はるかに気休めになる.「私が」文を読んでいる、という気にさせる.なんとか理解してみせようぞ、という気概をもたせてくれた.そして文の構造がつかめたときの心地よさといったら.当時の先達が「覚えるくらい何周もしろ」というので私も少なくとも三週はしたはずだ.一周目でつまづいた文章にまた出くわすと、まるで著者たちが「おかえり」と言っている気がしたものだ.

 私はTOEICのような共通試験のスコアで競り合うような議論は好きではない.私もTOEICやTOEFLは何度か受けたが、できればもう受けたくない.就職、入学の足がかりとして用意されるその試験は性質上、「ビジネス」に即した内容が多い.広告、新聞、メール、インタビューなどが題材になっている.どれも架空の内容で全体的に虚無感じるのは私だけか.「試験とはそういうもんだ、おとなしく口を閉じてろ、馬鹿者め」というお叱りがあるかもしれぬ.だがつまらない文をつまらないといって何が悪いのか.作成者の顔が見えない、というのがどうも気に入らない.「はいはい、委託されたのでとりあえず作っておきましたよ」というやっつけ感を感じてしまう.

 それに比べ、英文標準問題精講は、裏表紙に引用元の著者の写真が並んでいる(モノクロのせいか、遺影の様にも見えてしまう).誰某が書いている、とわかるのはとても良い.もちろん出典もある.だから後でさらに読みたくなった時に書店に行けば良いのだ.それに彼らが心血を注いだであろう、文章に見られる技巧、散文へのエネルギーが感じられる.それから編集者である原仙作・中原道喜の訳と解説に安定感がある.

 私にとって、名文や名著とそうでないものの違いを厳格に述べることは出来ない.だから上記の意見は誤解かもしれない.しかし、TOEICなどの勉強は問題の解き方を覚えるだけのような、手段が目的となってしまう危険に陥りやすいと思う.TOEICの先にある目的があれば、努力するに越したことはないだろう.楽しくやれたらいい.もし書き手の顔、意思を感じられるような時事の話題に触れたいのであれば、英字新聞をおすすめする.私は現在、Japan Timesの電子版を購読するようにしている.六ヶ月間の月額百円キャンペーンをやっている.よかったらどうぞ.もちろん利益相反はない.

文法について

 非専門家である私から、英文法について述べられることを挙げるとすれば、一つは、「文型」を意識して読むことだ.これはかなり重要な要素で、おろそかにしている人が多い.もう一つは「これは口語的だとか、文語だからあまり使わない方が良い」という意識を持ちすぎないことだと思う.この軛のせいで損をしている人は多いように思う.文語で書いて何が悪い.会話も文語を基礎にして何がいけないと言うのか.「表現が固いじゃん」固くて何がいけないのか.「もっとCasualな表現あるからそっちのほうがいいよ」という指摘は、表現の幅を自ら狭めているCasualtyに過ぎないと思う.それからまともな文法書を買うことが大切だ.私はロイヤル英文法を持っているが、単色刷りのシンプルな構成と大きな字、索引の充実は好感が持てる.一冊あれば一生使える.これで二度と買わなくて良いのだ.作文や文法について参考書を紹介するならば、さきほどの中原道喜や佐々木高政を挙げる.

聞くことについて

 聞こえた文章を書き取る訓練が最も良いように思う.これは筆記の練習にもなる.かつて私はディクテーションの鬼となったことがあった.「The Phantom of the Opera:オペラ座の怪人」という映像作品がある.小説や劇でも有名だ.Andrew Lloyd Webber という作曲家が映画に向けて書いた曲(どれも壮大だ)があり、私は当時、高校生の頃、自宅にオペラを響かせて歌詞を聞き取り、自作で歌詞カードを作ったことがあった.何百回か、延々とオペラが鳴り響いていたので頭がおかしくなりかけたが、語と語の連結を推測したり、発音と抑揚、文章の構造を考える上で良い訓練になった.オペラの歌詞を聞き取るだけで難易度が高いので、後々流行りのポップスやロック・ミュージックを聴いて歌詞を書き出しては、後日公開されている歌詞と照合する、という遊びをやっていた.高校生にしてはそこそこ狂っていた(やっぱりおかしくなっていたじゃないか!)方だが、自分は楽しんでいたと思う.この訓練は多言語でも応用が効く.今度はアラビア語でやってみようか.

話すことについて

 話すことは不肖あまり自信がない.発音と抑揚の付け方は幾分か指南できると思う.ただし私は非専門家だから、最も信頼におけない人材であることを断った上で話をする.発音に関して、海外で暮らしていないと発音が上手にならないのではないか、そう思っている人が多すぎて気の毒である.そんなことはない.小林克也という反例がいる.彼は大変きれいな英語を話すラジオDJで、彼は実に堂々と、崩れた英語を話す海外の連中と会話を成立させる.あっぱれである.彼の流暢さは抑揚の置き方にある.山下達郎もきれいな英語を話すと思う.Ride on Time〜

 また、RとLの違いにこだわりすぎる人が多い.聞き取れるに越したことはないが、初学者には酷だ.そういう人はイギリス英語を身に着けたら良いのではないか.Rの発音があまり気にならなくなる.それに子音をしっかり発音するので、文字と発音が一致して、きれいに聞こえる.私は中学生くらいに気づいてそうすることにした.かつてユース・ホステルの相部屋にいた英国人の青年と話をしたときに「君はいいイギリス英語を話すね」とお世辞を言われたのは良い思い出だった.あれは世辞だ.自慢話はこれくらいにしよう.

 先天的なバイリンガル、すなわち幼少期に外国に滞在したという、外国語のOSをインストールできた人々は外国語を話す時に脳内言語設定が切り替わるようだが、私はそうはいかない.だが、切り替わらなくたって良いじゃないか.言語体系の異なる我々が頑張って、別の言語を覚えようとしているのだ、文法がわかるだけでも素晴らしいと自信に思ったほうがいい.私だったら頭の中でおちおち英作文をする.ゆっくり丁寧に考えたら良い.

まとめ

 大した話はできなかったが、自分の主張は伝えられたのでこれでよしとする.結局は「学問に王道はなし」、ということになる.しかしながら原仙作によれば捷径はある.だから嘆かないでほしい.楽しく突き抜けるのがいいと思う.自分にとって親和性の良い題材を選ぶことが良いだろう.

 最後にミルトンの詩を紹介して締めよう.これは以前の亀吾郎語学教室でも引用した.語学を勉強する時はいつもこれを意識する.我々は地獄から這い出ようとする魔王サタンと同じだ.

Long is the way

And hard, that out of Hell leads up to Light.

Gates of adamant,

Barring us out, prohibit all ingress.

–John Milton, Paradise Lost

私の小論にお付き合いくださりありがとうございました.

بشرة حير/Boshret Kheir/Good Tiding

 こんにちは.久しぶりの三郎こと、さぶちゃんです.今日は楽しい楽しいアラブ・ポップをお届けします.歌手はエジプトの(多分)大御所、Hussain Al Jassmi | حسين الجسمي|フサイン・アルジャスミーです.さぶちゃんは、日本人からすると癖の強いアラブ・ポップスの中からリズミカルで耳に残る軽妙な楽曲を発掘しました!

 エジプト版「アジアの純真」に少し似ているかな.Billy Joelの「We didn’t start Fire」っぽいかも.いろんな地名が出てきます.全エジプトの友愛をよびかける曲なので、政治色があるのかな、と勘ぐる諸兄もいるかもしれませんが、「We are the World」みたいなもんでしょ.語頭や語尾で音韻を踏んでいて気持ちがいいです.

 物足りなくなってきた人がいれば、Remix版もYouTubeにあります!やったぜ.

 最期にさぶちゃんの和訳を載っけておきました.よかったらどうぞ.

VERSE 1

This is an easy task, and you can do it

To the world you will speak out

And take an oath to make it better

You have been quiet too long

VERSE 1

Di farkit k’aab wahatmilha

Qaṣad aldunya hatquliha

Wuḥad buqaa ‘ahad tadilha

Siktiti ktir

VERSE 1

دي فركة كعب وهتملها

قصاد الدنيا هتقولها

وخد بقى عهد تعد لها

سكتت كتير

What did Egypt gain from your silence

Do not belittle your voice

Tomorrow, you will write it under your own stipulation

This is a good tiding

Khadit ayh miṣru biskutak

Matustakhsrsh fiha Ṣotak

Bitaktab bikarih bishuruṭak

Di boshret kheir

خدت ايه مصو بسكوتك

ماتستخسرش فيها صوتك

بتكتب بكره بشروطك

دي بشرة خير

CHORUS

Go call out for the ‘Saīdi’,

and your nephew from ‘Port Saīd’,

and the youth from ‘Alexandria’

for this is a gathering of men

CHORUS

Qawm nadi ‘a alsa’aidi

Wabn akhuk alburas’aidi

Walshabab alaskandraniu

allamuh di limat rijal

CHORUS

قوم نادي ع الصعيدي

وابن اخوك البورسعيدي

والشباب الاسكندراني

المه دي لمة رخال

And I will come with those from ‘Sohag’ and ‘Qina’, ‘Sinai’

those from ‘Al Mahalla’ who are the best of best

and the beautiful ‘Nubians’

No need to double check on the people from Suez

Everything is now jumbled together

And the people from ‘Al Ismailiyyah’ who have been through alot

Talk to me about the people from ‘Sharqiyya’

and together we are stronger

and together we are stronger

And Our hope is high

Wana haji m’a alswhaji

Walmhlawy ally myah myah

Walnubh aljumal

Matuṣysh alsaw aysh

Aldnya hayiṣuh kdh kdh

Walahasma’alawyh yamana kaduu al’ada

Klmny’a alsharaquh

wakhna waya b’aḍaqwaa

wa’amlna kabir

وانا هاجي مع السوهاجي

والمحلاوي اللي ميه ميه

والنوبه الجمال

ماتوصيش السوايسه

الدنيا هايصه كده كده

والاسماعلاويه ياما كادوا العدا

كلمني ع الشراقوه

واحناويا بعض اقوى

وآملنا كبير

VERSE 2

This is an easy task, and you can do it

To the world you will speak out

And take an oath to make it better

You have been quiet too long

VERSE 2

Di farkit k’aab wahatmilha

Qaṣad aldunya hatquliha

Wuḥad buqaa ‘ahad tadilha

Siktiti ktir

VERSE 2

دي فركة كعب وهتملها

قصاد الدنيا هتقولها

وخد بقى عهد تعد لها

سكتت كتير

The people from ‘Beheira’, ‘Menoufiya’, or “Damietta’

Those people are closer to me than my friends

‘Halayb’ are all family and friends

go call out for them

Buhayri manawafi aw dimyatiun

Dual aqrbly min akhwati

Halayb ahl waqarayib

Nadiluhum rh

بحيري منو في أو دمياطي

دول اقربلي من اخواتي

حلايب أهل وقرايب

ناديلهم رح

And the thing that stands out most

Is for us to see our beloved ones from ‘Giza’

Oh greetings with a thousand paces

towards the people of ‘Maturuh!

*Back to CHORUS

Waiktara hajah fiha miaza

Nashuf habaybana fi alijiza

Ya murhab alf khuṭuh ‘aziza

Banas maṭuruh

*Back to CHORUS

واكتر حاجه فيها ميزة

نشوف حبايبنا في الجيزة

يا مر حب ألف خطوه عزيزة

بناس مطروح

*Back to CHORUS

簡単なことさ、君ならできる

世界に向けて 声に出せ

もっとうまくやるって誓うのさ

君はずいぶん静かだったじゃないか

それでエジプトが何を得たっていうのさ

小さな声ではだめだ

明日、君は契約を結ぶ

絆(بشرة حير)のことさ

「サイーディ」たちのために声を出そう

「ポート・サイード」にいる甥にもね

「アレクサンドリア」の若者も

これは人々の集いなんだ

僕は「ソハグ」と「キーナ」、「シナイ」のみんなと一緒に行くよ

「アル・マハラ」の奴らは最高さ

「ヌバ」の美しい人も一緒だよ

「スエズ」のみんなはひと目でわかる

ごったがえしてきたな

苦労人の「アル・イスマリーヤ」のみんな

僕に「シャルキーヤ」の人たちのことを聞かせてよ

みんなで強くなるんだ

みんなで強くなるんだ

志を高く持って

簡単なことさ、君ならできる

世界に向けて 声に出せ

もっとうまくやるって誓うのさ

君はずいぶん静かだったじゃないか

「ビハイラ」「メヌフィヤ」「ダミエッタ」のみんな

一番の仲良しかもね

「ハライブ」は僕らの家族で友人だ

声を出そう

大事なことは「ギザ」の最愛の人に会いに行くことだ

幾千の足取りが

「マトゥルフ」に向かって出迎えに行くようだ!

和訳:三郎

.شكر

What I have in my mind

This article is a translation of previous one.

When I was browsing books about great writers or writings, I coincidentally made the acquaintance of other writers frequently, that mainly attracted me in the past, whereas I had suspended further research on them. I never anticipated to find out the notification in the book that one and another had actually met or they had been in the same place before, or he/she had been quoted as an example of their story. That was like unexpectedly completing a piece of gigantic jigsaw puzzle which is very hard in the process of making, I felt an ease which was the same sense of fitting something accurately in my heart. If I were to see as a flying creature the vast ground from the highest view among obscure clouds, it might be as well as seeing slight landscape through a chink which is getting wider. So I would fain tell viewers about my tiny experiences which are short, and to write down my prospect as well.

At first, I would like to mention of Khalil Gibran. I brought my mind to the translation of his poetry had been arranged among the works of Kamiya Mieko in the section of Misuzu Shobo in some bookshops since long time ago. I wondered his name supposed to be originated from west Asia, and I thumbed through one of Kamiya’s book. After that I knew that Kamiya Mieko was in the department of Psychiatry of Tokyo University, school of medicine, in which Kinoshita Mokutaro(Ohta Masao) was belong to the department of Dermatology as a professor. Such connection has directly nothing to do with literary meaning, however, people may get close each other unconsciously by somewhat called a gravity, I must say.

I learnt that Gibran was born in Lebanon, where the former Ottoman empire had occupied, and he has been famous for his poetry, especially “The Prophet” has been read worldwide. It is true that his works translated in Japanese are available in remote cities of Japan as well, nevertheless the original version can be purchased only online if living in local cities. It is all the more difficult to buy other language edition. The other day I found that Gibran firstly conceived the idea of “The Prophet” in Arabic. He went to the America in his youth and learnt skills of English, then he also went back home to receive higher education of Arabic.

Fortunately I got an ebook of “The Prophet” in English and Arabic version. I am not get used to read in Kindle, but it was a good purchase that I got it within 1,000Yen. As I read the introduction, that says it took twenty years to translate in Arabic. What a long journey it is! I cannot understand the concept of price tagging when I came across such a valuable book that is affordable less than 1,000Yen. I am also a member of Kindle unlimited in Amazon.com, so I am able to read the Japanese translation by Sakuma Takeshi for free. Then I have started to read it. What I felt was that it was easy to read and not many pages. But I have to mention that read easily and be comprehensible are not the same. The energy that the writer brought his heart to bear upon every single words must be so immense that I have to read it thoroughly. This is one of my utmost happiness to realise that I can examine it many times. As for the title “The Prophet”, it is a story like a manual of life course, the prophet Almustafa(المصطفى), teaches lessons to people who need guidance. I have not read the original poetry yet so it is not the time to speak of it. And I have got the reasonable reference book for studying Arabic at last, I would like to reverse translate gradually by using this ebook. Someday I would be happy to introduce the study result.

Secondly, I would fain speak of Rabindranath Tagore. Recently, I have very been attracted by the fact that non-English born person such as Gibran creates great English writings. Needless to say, Okakura Tenshin who is inordinately contributed to Kamegoro Law Firm is the one of greatest writer from non-Anglosphere, I believe. It is tremendously shameful for me to tell you that I thought that nothing better than using own language when expressing one’s own culture. How stupid I am! That is not true. At least Tenshin himself succeeded in attempting it in literature. Of course Gibran must have accomplished, not to mention Tagore and other writers who I do not know. I am very excited to know the fact all the more that Tenshin and Tagore knew each other, and visited their countries. It is said that Tagore has been to Tenshin’s tombstone when he died. Tagore was in Izura! He wrote “Gitanjali(গীতাঞ্জলি)” in Bengali, later on he wrote it again in English. Someday, I wish I could read his work.

I think that it is a huge encouragement for me to know that such people who are from non-Anglosphere write English literature. Particularly as for myself, who live in the world of totally different linguistic family, is quite an incentive.

I sometimes write articles in English, which are not praiseworthy contents and I think I am at best the third-rate writer. There must be many errors in my sentences. But I would like to keep writing my blog in English with my style. Then I would like to sophisticate my essay writing technique, not to be contented with the present situation, humbly tolerate the critics of others and review retrospectively by myself.

Finally, I would fain end the article by introducing a songwriter from Iceland. His name is Ásgeir Trausti. He speaks Icelandic but also good at writing beautiful lyrics in English.

Glistening nighttime dew, and she is walking with me.  

From the house of red, I hear a child crying.  

Foxes heading home, their prey hangs from their jaws.

And the forest knows, but it won’t share the secret.

When the king takes sides, leaving moral minds; soldiers take their share. Nighthawks seem to sense that now is the time.  

Deep inside them burns the raging fire of life.

He’ll take back what he owns.

Death cannot take hold, if I can keep momentum.  

Fortresses of stone, turn into crystal tears soothed by southern winds; I’ve found my strength now.  

And nobody knows, and we must keep their secret.

When the king takes sides, leaving moral minds; soldiers take their share. Nighthawks seem to sense that now is the time.

Deep inside them burns the raging fire of life.

He’ll take back what he owns.

When the king takes sides, leaving moral minds; soldiers take their share. Nighthawks seem to sense that now is the time.

Deep inside them burns the raging fire of life.

He’ll take back what he owns.

Dýrð í dauðaþögn, 2012 (In the Silence, 2013)

Thank you for reading.

私の考えていること

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 ある一つの著作なり文人について読み調べると、思いがけずとある箇所で他の著作家について記されていることがある.その著作家というのは以前から関心を寄せていた人物であることが多い一方で、それ以上の関心を留保していたことがよくあった.引用のこともあれば、実際に人物らが出会っていた、同じ場所を出入りしていたということを知る.作りかけのジグソーパズルの一ピースが意図せず偶然当てはまるような感覚で、心の中でもぴたりと符合する心地よい感覚を覚える.私が飛翔体となって巨大な地上の文学を暗雲たる空から俯瞰するとすれば、雲と雲の切れ目が少しだけ広くなって、わずかに地上の景色が見えるような、そんな感じでもある.そんなことが何度かあったから、それについて短いけれどお伝えすることとし、私の展望と合わせてここに記そうと思う.

 一つは、Khalil Gibran (ハリール・ジブラーン)のこと.私は、ずっと前から書店のみすず書房のコーナーに、神谷美恵子の著作が並んでいて、その中にGibranの詩訳が置いてあったのが気になっていた.名前からして西アジア出身の人物かな、という類推のもと、パラパラと本をめくったことがあった.神谷美恵子は木下杢太郎(太田正雄)が皮膚科教授であったころの東大医局に出入りしていたと後に知った.こうした縁は文学上直接な関係があったわけではないにせよ、人々は何らかの奇妙な引力でお互いに惹かれ合うのかもしれない.そういうしかない.

 Gibranは当時オスマン帝国の支配下にあったレバノンの出身であること、詩作がよく知られていること、特に「The Prophet:預言者」が世界中で翻訳されていることを私は知った.和文翻訳は確かに大きな書店でも並んでいて、有名だ.だが、原文は地方では通信販売でしか手に入らない.他言語であれば尚更である.私は別の時期に、GibranがThe Prophetを最初はアラビア語で構想を練ったことを知る.彼は若い頃に渡米し英語の素養を身につけるが、帰国しアラビア語の高等教育をも学んでいる.

 幸運にもアラビア語版と原文同時収録の電子書籍を手に入れることができた.私はあまりKindleを使わないから不慣れだが、1000円未満で入手できたのは良い.本の紹介を見ると訳に20年ほどかけたと書いてある.何という長い旅路であることか.これが1000円未満程度になってしまうとは物の価値はよくわからない.私はKindle unlimitedにも入っているから佐久間彪訳の邦訳を無料で読むことができる.そして早速読んでみた.私が感じたのは、思ったほど分量がないことと大変読みやすいということであった.ただ、読みやすいのとわかりやすいというのは意味が異なる.一言一句にかけるエネルギー量が他の作品と違うであろうから、何度もよく読む必要がある.これは何度も味わえるということだから、嬉しいことこの上ない.預言者という題名であるが、人生における手引きのような感覚で、預言者アルムスタファ(المصطفى)が人々に助言を与えるといった内容だ.私は原文を読んでいないから書評はこれからとなる.そして私はアラビア語の勉強に相応しいであろう教材をようやく入手できたから少しずつ、勉強がてら逆翻訳してみようと思っている.近いうちに紹介したいと思う.

 もう一つはRabindranath Tagore(ラビンドラナート・タゴール)のこと.私は最近、Gibranのように非英語圏の人物が優れた英文を著す、という事実に大変心惹かれている.勿論、亀吾郎法律事務所でお世話になっている岡倉天心も非英語圏の優れた著述家であろうと私は思っている.このようなことを言うのは無知を晒すようで恥ずかしいのであるが、私は、自国文化のことを表現するのに自国の言語以上に優れたものはないと思っていたことがあった.何という愚かさ.そんなことはないのだ.少なくとも天心はその試みにおいて成功している.もちろんGibranも成し遂げているのだろう.そしてTagoreも、私の知らない数多くの文人達も.私は天心とTagoreが親交を持ち、両者が互いに行き来したという事実を知り、益々興味が湧いている.Tagoreは天心の死後に彼の墓を訪れているという.Tagoreは五浦にいたことがあったのか.彼ははベンガル語でGitanjali (ギタンジャリ:গীতাঞ্জলি)を著し、後に英文で同著を書いたという.いつか彼の作品を読んでみたいと思っている.

 こうした人々が非母国語で文学作品を創作するというのは、心做しか大いに勇気づけられるものではないのかなと思う.特に語族が大きく異なる文化圏に暮らしている身としては.

 時々私は英文をブログに載せるが、どう贔屓目に見ても私の英文はよくできているとは思えない.様々な瑕疵があるに違いない.だが私は私なりの英文を書いていこうと考えている.そして後から見直してみたり、他者の批評を謹んで受けて少しずつ良いものを目指していきたい.

 最後に、アイスランド出身の作曲家の歌詞を紹介してお終いにしたい.彼はÁsgeir Trausti(アウスゲイル・トロスティ).彼の母語は勿論アイスランド語であるが、英語の美しい詩を書いている.

King and Cross

Glistening nighttime dew, and she is walking with me.  

From the house of red, I hear a child crying.  

Foxes heading home, their prey hangs from their jaws.

And the forest knows, but it won’t share the secret.

When the king takes sides, leaving moral minds; soldiers take their share. Nighthawks seem to sense that now is the time.  

Deep inside them burns the raging fire of life.

He’ll take back what he owns.

Death cannot take hold, if I can keep momentum.  

Fortresses of stone, turn into crystal tears soothed by southern winds; I’ve found my strength now.  

And nobody knows, and we must keep their secret.

When the king takes sides, leaving moral minds; soldiers take their share. Nighthawks seem to sense that now is the time.

Deep inside them burns the raging fire of life.

He’ll take back what he owns.

When the king takes sides, leaving moral minds; soldiers take their share. Nighthawks seem to sense that now is the time.

Deep inside them burns the raging fire of life.

He’ll take back what he owns.

In the Silence, 2013