うんこ

創造物としてのうんこ

 いつのことだったか、とある人が「芸術はうんこだ」と言っていた.たしかすごく偉い人だったはずだ.どういうことなのかと思えば、つねに出し続けなければならない、という文脈で言っていた.これは人間の代謝と同じもので、定期的に出し続けないと生存に差し支えるということで合点がいく.なにがしか脳内に入ってきた情報をそのままとどめておくのではなくて、自分なりに噛み砕いて、色々なものとかき混ぜて形にしてひねり出す.まさしくうんこである.大きな違いを言えば、実際のうんこは愛でられないことであろうか.この悲哀は森山直太朗が「うんこ」という曲で悲哀を綴っている.

 別に芸術に限らず、文学だろうと詩歌であろうと定期的に出し続ける性をもつのは人間の大きな特徴だろう.「有名アーティストの新作アルバムが満を持してリリース!!」ということは、うんこの集大成なのかもしれない.「最近、あの歌手、新作ださないね」ということは、その歌手は便秘なのだろう.創造性という意味において.スランプなのかもしれない.スランプというのはそもそも気力や体調が一時的に衰え気味であることをいう.だからきっと原因があると思う.「ハンター・ハンター」の冨樫義博氏の連載が遅れているのは、何かしら理由があるのと同じであろう.ちなみに便秘が解消されるとスッキリする.なにか大きなものがつかえていた、それが解き放たれると、一気にドバドバと創造性が高ぶることがある.文藝を愛でる人ならよくわかることだと思う.

 実際の便秘ならば食物繊維たっぷりも食事を心がけるとか、定期的な運動をする、緩下薬を飲む、浣腸をするといった解決策があるだろうが、きっと創造性における便秘というのも、似たような方法論で改善策があるはずだ.逆に下痢のようにどろどろと出さずにはいられないような、辛い現象もある.ツイッターで例えるならば、クソツイ(無意味なツイート)を乱発することに近い.別にいいとか悪いとかそういうことをいいたいのではなくて、これは生きている限り人間の生理現象としてしかたがないのだ.下痢気味の人は出してすっきりするが満ち足りることはなくて、次々と出さないと気がすまないような、そういう状態であって、嗜好の問題とは違う.YouTubeで有名なHIKAKINの動画は毎日投稿されている反面、少しも面白くない.とは言っても毎日出し続けていると、沢山の人に評価されるようになる.下痢便でも褒められることもある.

 もう一つ、出そうで慌ててトイレに駆け込んだものの、実は出なかった、という現象がある.私はこれを「ファントム便意」と呼んでいる.家人も理解してくれている.なんだよ、もう、と釈然としない結果に終わるのだが、これも創造性において似た現象がある.新作の映画が何度も延期になるような場合と似ている.期待させておいて実はなにもなかった空虚感は、ファントムである.この現象の病理はいつか取り上げるとする.

 うんこを毎日すると調子がいいように、創造性も継続すると、よいうんこが出てくるようだ.いきなり踏ん張っていいうんこを出そうとする人が多いが、低クオリティであっても続けて踏ん張ることが大事である.動画サイトやブログ界隈でもこうした金言は多い.とにかく続けろ、という指南は永遠のテーマだ.この世の中、一定の設備があれば我々はいくらでも創造の化身であるうんこを放り出すことができるありがたい時代にある.そう考えれば、動画サイトなどはうんこまみれである.地球上を漂うスペースデブリにも似ている.シュールな感じがしてくる.

 実際のうんこをしげしげと眺める人はそんなにいないが、芸術としての創造物は何度でも見返すことができる.「あの時の自分のうんこはこんなにも尖っていたのかぁ」だとか、「うーん、この香ばしさ、若気の至りだったなぁ」という感慨にふけることができる.強烈な腐臭がただようのであれば、本当に水に流してもいいだろう.私達は自由だ.

 このブログも、10ヶ月くらい汚物を垂れ流してきたが、やはりびちゃびちゃと流していると思考が洗練されてくる感覚はある.自然と世の中の出来事がブログのネタになってきてしまうようになる.「今度のうんこはなににしようかな」なんて夕餉の支度を考えるような心づもりで思考が働く.

 続けるということはいいことがある.それは評価されるとか、そういうことではない.自身のために何かいいことがある、というくらいのものだ.何かをはじめてみたものの、二回目以降が億劫になっている人はいると思うが、あきらめない限り継続していることと一緒だ.ファントム便意であろうと、下痢であろうと、放屁だけであろうと、踏ん張ることが重要で、とりあえず生きていればなんとかなる.私はこれからもクンクンと、嗅覚を最大限発揮して、まだ見ぬさらなるうんこの深奥へ潜り込み、自分なりの創造物を思い切りひねり出したいと思う.あーすっきりした.